トお目にかゝります、予《かね》てお名前《なめえ》は聞いて居りましたがあなたが業平の旦那様ですか、道理で腕に応《こて》えがあると思った、仔細というは外《ほか》でもない、少し訳があって此の島の取締り役人を敲《たゝ》き殺し、一同死ぬ気でございます」
 文「その又取締が如何《いかゞ》いたした」
 罪「日頃罪人一同の喰物《くいもの》の頭を刎《は》ね、剰《あまつさ》え年《ねん》に二度か三度のお祭日《まつりび》に娑婆飯《しゃばめし》をくれません、余り無慈悲な扱いゆえ、三人の総代を立てゝ只管《ひたすら》歎願《たんがん》いたしました処が、聞入れないのみか、上役人《かみやくにん》の扱いに不服を唱えるとは不届千万《ふとゞきせんばん》な奴だと云って、その三人を庭の樹《き》の枝に縛《くゝ》り上げ、今日で三日半ほど日乾《ひぼし》にされて居ります、たとい悪党にもせよ其の三人を助けなきゃア浮世の義理が立ちません、何《ど》うぞ業平の旦那様、此の儘我ら一同をお通しなすって下せえまし」
 文「ふうむ、そうか、そりゃ宜《よ》くない話だ、そういう訳なら斯《か》く申す文治が一身《いっしん》に引受けて、お役人にお詫《わび》をして見ようから、まア暫く静かにして下さい」
 一同「旦那、そりゃア兎《と》ても駄目でござんす、訳を云ったところが兎ても分る奴じゃアありません、いっその事に」
 文「まア/\待ちなさい、兎も角も己《おれ》が往って詫びて見る、己が挨拶をするまでは決して手出しをしては成らんぞ、悪口《あっこう》しても棄置かんぞよ、いよ/\肯入《きゝい》れなければ兎も角も、血気に逸《はや》って心得違いをいたすまいぞよ」
 と一同を制して、其の中の重立《おもだ》ちたる一人《いちにん》を案内に立たせまして、流罪人取締の屋敷へまいりますると、二三の若者が抜刀《ばっとう》で立って居ります。そんな事に恐れる文治ではございませぬから表に一同を待たせ置き、身に寸鉄も帯びず、泰然自若《たいぜんじじゃく》として只《たゞ》一人《ひとり》玄関指してまいりますと、表に居ります数多《あまた》の罪人が、「旦那、危ねえ、危ねえ、抜いてら/\、そうれやッつけろ」と気早《きばや》な連中は屋敷の内へ飛込もうと致します。
 文「これ/\無礼を致すな、己にも心得があるから暫く静かにしていろ」
 やがて文治は抜刀を携えたる若者の面前に膝を突いて一礼いたします
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