よ/\国中《こくちゅう》へ恥を曝《さら》さなければ成りますまい、只今お町殿へ明日《あす》のことを申上げ、お別れに只《たっ》た一目お逢いなされてはと申入れましたが、文治殿の平常《ふだん》の気象を御存じゆえ、此の場合未練がましく別れにまいったら、定めし叱られましょう、お目に懸りたいは山々なれども、じッと堪《こら》えてまいりますまいと、流石《さすが》は文治殿の御家内だけ……女ですら斯様《かよう》でありますのに、あなた方は只文治殿の事のみを思い、お心得違いをなさいましたなア、さア分りましたらお止《とゞま》りなさい、如何《いかゞ》でござるな」
これを聞きました両人は頭を下げ、只|男泣《おとこなき》に歯ぎしりして口もきかれませぬ。
喜「まだ御合点《ごがてん》なさいませんか」
両人「それじゃア旦那にお目にかゝる事は出来ませぬか」
喜「いゝえ、何《ど》うしてあなた方も明日《あした》は是非お見送りを願います、まさか私《わたくし》は役人でござるから、よし義の為にもせよ、一旦罪人と極《きま》って遠島申付けられた者に逢うことは出来ませぬ、是非ともあなた方はお出で下すって、私の申した事を文治殿へ宜しく申伝《もうしつた》えて下さい」
両「よく分りました、じゃア仰せに従って諦めましょう、けれども御新造様も私《わっち》どもと一緒に、お別れに只《たっ》た一目お逢いなせえまし、此の世の名残《なご》りに往《い》かっしゃるのに、何《なん》ぼ御気象の勝《すぐ》れた旦那だって、人情を知らねえ事アありますめえ、何《なん》とも仰しゃる気遣《きづかい》はありゃアしませんや、ねえ旦那」
喜「如何《いか》にも……就《つい》てはお町殿、せめて遠目でなりとも」
町「万年橋とやら申す橋より船までは余程離れて居りますか」
國「へえ、僅《わず》か半丁ばかりしか離れて居りません」
町「それでは其の橋の上から旦那の心付かぬように、余所《よそ》ながらお別れいたしましょう」
喜「成程、それが宜《よろ》しゅうござろう、各々《おの/\》文治殿には見知られぬよう気を付けてやって下さい」
両「承知いたしました」
お話分れて、本所大橋向うの万年橋、正木稲荷《まさきいなり》の河岸《かし》は、流罪人《るざいにん》の乗船《のりふね》を扱いまする場所でござります。尤《もっと》も遠島と申しますのは八丈島、三宅島《みやけじま》にて、其
前へ
次へ
全111ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング