訳では聞棄《きゝずて》にならぬ、これから蟠龍軒の処へ往って掛合《かけお》うて来ると申しますから、手前は彼《あ》のような悪人にお構いなさるなと強《た》って止めましたが、日頃の御気象、お肯入《きゝい》れもなく其の儘おいでになりました、其の時は何ういうお掛合をなすったか知りませんが、遇ったら聞こうと思って居りますと、其の翌晩、蟠龍軒の屋敷に四人の人殺しがあったという評判、只今承われば文治様の仕業だと申す事ですが、全く蟠龍軒の屋敷の者を斬殺《ざんさつ》しましたのは、諸人《しょにん》の為でございます、何卒《なにとぞ》お命だけはお助け下さいますよう願い奉ります」
と文治のあさましき姿を見ては水洟《みずっぱな》を啜《すゝ》って居ります。
奉「それに相違ないな」
源「御意にございます」
奉「文治郎、源太郎、追って呼出すゆえ神妙に控え居《お》ろうぞ」
同心「立ちませえ」
是にて吟味落着致しまして、諸役人評定の上、文治儀は死罪一等を減じて、改めて遠島を申付けるという事に決定いたしました。総じて罪人に仕置を申し渡しますのは朝に限ったものですが、尤《もっと》も牢名主へは其の前夜、明日《あす》は誰々が御年貢《ごねんぐ》ということを知らしたものでございます、そうすると牢名主の指図で、甲の者がお召《めし》になります時は、外《ほか》の罪人|二人《ににん》と共に髪を結わせ湯を使わせますから、事実|誰《たれ》がお召出しになるのか分りませぬ。銘々慾がありますから自分ではあるまいと思って居ります。さア其の日の朝になりますと、当人へ今日お年貢という事を申し聞けるや否や、すぐ切縄《きりなわ》と申しまして荒縄で縛って連れて行《ゆ》かれるのでございます。此の時は何様《どん》な悪人でも、是が此の世の見納めかと萎《しお》れ返らぬ者はありませぬ。其の昔罪人は日本橋を中央として、東国《とうごく》の者ならば小塚原《こづかっぱら》へ、西国《さいこく》の者ならば鈴ヶ森でお仕置になりますのが例でございます。で、鈴ヶ森へ往《ゆ》く罪人ならば南無妙法蓮華経《なむみょうほうれんげきょう》、また小塚原へ往く罪人ならば牢内の者が異口同音《いくどうおん》に南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》を唱《とな》えて見送ったそうでございます。さて文治遠島の次第は重役は勿論、右京殿家来藤原喜代之助も其の前日聞知りましたが、当番の都合にて直ぐ様文治
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