s方《ゆくえ》も知らず果てもなし」までは読めましたが、後《あと》は確《しか》と分りませぬ。これは古今集の恋歌《こいか》でございますが、筆蹟は消し炭で書いたのですから確と分りませぬ。
文「全くお町の成れの果ではないか知らん、旅宿《りょしゅく》で見た短冊《たんざく》といい、今また此の歌といい、何《ど》うもお町らしい、お町であってくれゝば何《ど》れ程嬉しかろう、神よ仏よ、早く此処《こゝ》に居合す人に逢わせ給え」
と祈って居りますと、積る木《こ》の葉を踏分け来《きた》るは正《まさ》に人の足音でございます。
文「はてな、今|其処《そこ》へ人が立止った様子、もしやお町では無いか知らん」
と燈火《あかり》を翳《かざ》して見ようとする途端に火は消えてしまいました。何か口の中《うち》で云うて居《お》る言葉は確かに女の声であります。もう文治は耐《たま》り兼て、「やアお町か」と駈出そうと致しましたが、心を静め、
文「待てよ、先刻《せんこく》から表に佇《たゝず》んだまゝ近寄らぬ処を見れば、日頃女房に恋い焦《こが》れている我が心に附け入って、狐狸《こり》のたぐいが我を誑《たぶら》かすのではないか知らん、いや/\全く人かも知れぬ、兎も角も声をかけて見よう」
と度胸を据《す》えて、
文「表においでなさるのは何方《どなた》でござる、私《わたくし》は此の山中に迷うて居《お》る女子《おなご》を尋ぬる者でござるが……」
と云いながら静かに立って女の側に立寄ろうと致しますと、件《くだん》の女は二三歩|後《あと》へ退《さが》りまして、
女「おのづから涙ほす間《ま》も我が袖に[#欄外に「続千載集巻四、秋上、太政大臣。」の校注あり]」
文「露やは置かぬ秋の夕暮」
町「えッ、そんなら貴方は旦那様か」
文「おゝ、お町であったか」
町「旦那様ア、御免遊ばせ、おゝ嬉しい、おゝ嬉しい」
と馳《は》せ寄って文治に抱き付き、胸に顔当てゝ、よゝとばかりに泣き悲《かなし》んで居りまする。文治も拳《こぶし》にて涙を払いながら、左手《ゆんで》に確《しっ》かりとお町の首を抱えて、
文「町や、よう達者でいてくれた、よもや此の世の人ではあるまいと思うた、よう達者でいてくれた、こんな嬉しい事はないぞ、さぞ難儀したであろう、さぞ困苦艱難《こんくかんなん》したであろう、この文治もの、そちに劣らぬ難儀はしたが、天日《
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