「はさま/″\とは申しながら、甲斐なく思うぞよ」
と熊の頭《つむり》を撫でて暫く有難涙《ありがたなみだ》にくれて居りますると、熊も聞分けてか、悄然《しょうぜん》と萎《しお》れ返って居りまする。お町は涙を払いながら、
町「さア/\、もう覚悟の我が身、何《なん》の怖いこともない、早く帰ってくれ、さゝ帰ってくれ、まだ私《わし》を慕《した》っていますか」
と思わず熊の首のあたりに飛付きまして、よゝとばかりに泣き沈んで居りましたが、暫くして我に返り、
町「さゝ、夜《よ》でも明けて猟人に見付けられては其方《そち》が危《あぶな》い、早う帰ってくれ」
と両手を合せて伏し拝み、懐中より取出したる夫文治より譲りの懐剣を抜放ち、
町「旦那様、御免遊ばせ」
とあわや喉笛《のどぶえ》へ突き立てようと身構えました。さて文治が再度の難船に舟人|諸共《もろとも》気絶いたしました次第は前回に申上げました。天義士を棄てず、あたりの船頭がこれを見付けまして、
「やア/\彼処《あすこ》に旅人が倒れてらア、それ難船人《なんせんにん》々々々、確《しっか》りしろよ、おゝ気が付いたか」
文「これは/\何処《どこ》のお方か存じませぬが、お助け下さりまして有難う存じます」
船頭「とても駄目だと思ったが、よく気が付いたなア」
文「有難う存じます、今|一人《いちにん》の舟人は如何《いかゞ》致したか、御存じありませぬか」
船「此処《こゝ》にいるじゃねえか、見なせえ、此の通りの打傷、いろ/\介抱もしたが、とても駄目だ、諦めなせえ」
と聞いて文治は舟人の亡骸《なきがら》に縋《すが》り。
文「これ島人、これ島人」
もう冷え切って居りますから、いくら呼んでも甦《よみがえ》りは致しませぬ。
文「さて/\不憫《ふびん》なことを致したわい」
船「どうも仕方がねえだ、諦めなさるが宜《い》い」
文治は夢を見たような心地、
文「一体こゝは何処《どこ》でござりましょう」
船「何処ッて大変な処だ、己《おら》ア新潟通いの船頭だが、昨日《きのう》の難風《なんぷう》で、さしもの大船《たいせん》も南の方《ほう》へ吹付けられ、漸《ようよ》う此処《こゝ》まで帰る途中、毀《こわ》れた小舟に二人の死骸、やれ不憫なことをした、定めし昨日の風で難船したのだろうと、幸いに風も静かになったから、手数を掛けてお前がたを助けてやったの
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