ォ夜の白々《しろ/″\》と明渡りまして、身体はがっかり腹は減る、如何《いかゞ》せばやとぼんやり立縮《たちすく》んで居りましたが、思い直して麓《ふもと》の方へ下《くだ》りました。二居ヶ峰の中の峰より二里半、三俣《みつまた》という処まで来ますると、宿《しゅく》はずれに少しばかり家はござりますが、いずれも門《かど》の戸を閉切《たてき》って焚火《たきび》をして居ります様子、文治はその家の前に立ちまして、
 文「もし/\、少々お願い申します、私は旅人でござるが、大雪に難儀を致します故、お助けを願います」
 と戸を叩きますと、内より一人の老人、
 「あゝ旅の衆か、この雪で御難渋なさるとは、そりゃ気の毒だ、さア明きますからお明けなせえ」
 文「はい、有難う存じます」
 老「やれ/\此のお寒いのに宜《よ》くお一人で峠をお越しなさいましたな、さア/\火の側へ其の儘お出でなせえまし、やア貴方はお武家様でござんすな、これは御無礼、御免下せえましよ」
 文「何《ど》うぞお構い下さるな」
 と炉端に両手を出したまゝ、暫く口もきけませぬ様子。
 文「当家には鉄砲が掛けてあるが、猟人《かりゅうど》ではござらぬか」
 老「はい、左様で、忰《せがれ》が只今出掛けましたがな、此の辺では猟人でなくても鉄砲が無くちゃア一夜でも寝られやアしません」
 文「何方《どちら》を向いても山ばかり、恐ろしい獣《けもの》でも来ますかな」
 老「左様さ、獣も折節《おりふし》来ますが、第一泥坊が多いので困るでがす」
 文「はゝア、そんなに盗人《ぬすびと》が来ますかな」
 老「併《しか》し私《わたくし》どもには金も衣物《きもの》もないと知って居ますから、金を取りに来やアしませんが、火打坂や二居ヶ峰あたりで、旅人を殺したり追剥をしたりしちゃア此処《こゝ》まで来て、真夜中に泊めてくれと云って時々戸を叩くでがす、さア明けねえと打毀《ぶちこわ》すぞなんて威《おど》しますからな、其の時にゃア此の鉄砲を一発やるだね」
 文「はゝア、して見ると此の辺は盗人の往来と見えますな」
 老「時々女が担《かつ》がれたり、旅人が裸体《はだか》で逃げて来るでがす」
 思わず文治は、
 文「さては其奴《そいつ》らにやられたか、えゝ残念」
 と聞いて老人、
 老「旦那様、お連れの方でもやられましたか」
 文「はい婦人を一人」
 老「道理で昨夜《ゆうべ》、曲
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