くに》へ参《めえ》りまして、十八年の長《なげ》え間|大《えか》くお世話さまでごぜえました」
富「これ/\お世話さまなんぞと云う事は有りませんよ」
權「だってお世話になったからよ」
殿「これ富彌控えて居れ、一々咎めるといかん、うん成程、武州の者で、長らく国許《くにもと》へ参って居ったか、其の方は余程力は勝れて居《お》るそうじゃの」
權「私《わし》が力は何《ど》の位あるか自分でも分りませんよ、何なら相撲でも取りましょうか」
富「これ/\上《かみ》と相撲を取るなんて」
權「だって、力が分らんと云うからさ」
殿「誠にうい奴だ、予が近くにいてくれ、予が側近くへ置け」
富「いえ、それは余り何《なん》で、此の通りの我雑《がさつ》ものを」
殿「苦しゅうない、誠に正直潔白で宜《よ》い、予が傍《そば》に居れ」
權「それは御免を願いてえもんで、私《わし》には出来ませんよ、へえ、此様《こん》な窮屈な思いをするのは御免だと初手から断ったら、白酒屋さんの、えゝ……」
殿「山川廣か」
權「あの人よ」
富「あの人よと云う事が有るかえ、上《かみ》のお言葉に背く事は出来ませんよ」
權「背くたって居《い》られませんよ」
富「居《お》られんという事は有りません、御無礼至極じゃアないか」
權「御無礼至極だって居《い》られませんよ」
殿「マ富彌控えて居れ、然う一々小言を申すな、面白い奴じゃ」
權「私《わし》ア素《もと》米搗《こめつき》で何《なん》も知んねえ人間で、剣術も知んねえし、学問もした事アねえから何うにも斯うにもお侍《さむれえ》には成れねえ人間さ、力はえらく有りますが、何でも召抱えてえと御領主さまが云うのを、無理に断れば親や女房に難儀が掛るというから、そりゃア困るが、これ/\で宜くばと己《おら》がいうと、それで宜《い》いから来いと云われ、それから参《めえ》っただねお前《めえ》さま…」
富彌ははら/\いたしまして、
富「お前《めえ》さまということは有りませんよ、御前様《ごぜんさま》と云いなさい」
權「なに御前と云うのだえ、飯だの御膳だのって何方《どっち》でも宜《い》いじゃアないか」
殿「これ富彌止めるな、宜しいよ、お前《まえ》も御前も同じことじゃのう」
權「然うかね、其様な事は存じませんよ、それから私《わし》が此処《こゝ》の家来《けれえ》になっただね、して見るとお前様《めえさま》、私のためには大事《でえじ》なお人で、私は家来《けらい》でござえますから、永らく居る内にはお互《たげ》えに心安立《こゝろやすだ》てが出て来るだ」
富「これ/\心安立てという事がありますか」
權「するとお大名《でえみょう》は誠に疳癪持だ」
富「これ/\」
殿「富彌又口を出すか、宜しい、控えよ、実に大名は疳癪持だ、疳癪がある、それから」
權「殿様に我儘が起《おこ》れば、私《わし》にも疳癪が有りますから、主人に間違った事を云われると、ついそれから仲が悪くなります、時々逢うようにすれば、人は何となく懐かしいもので、あゝ会いたかった、宜く来たと互《たげ》えに大騒ぎをやるが、毎日《めえにち》傍にいると、私が殿様の疳癪をうん/\と気に障らねえように聞いていると、私が胡麻摺になり、※[#「言+滔のつくり」、第4水準2−88−72]諛《へつれえ》になっていけねえ、此処にいる人に偶《たま》には些《ちっ》とぐれえ腹の立つ事があっても、主人だから仕方がねえと諦め、御前さまとか御飯《おまんま》とかいう事になって、実の所をいうと然ういう人は横着者だね」
殿「成程左様じゃ、至極左様じゃ、正道《せいどう》潔白な事じゃ、これ權六、以来予に悪いことが有ったら其の方|諫言《かんげん》を致せ、是が君臣の道じゃ、宜しい、許すから居てくれ」
權「尊公《あんた》がそれせえ御承知なら居ります」
殿「早速の承知で過分に思う、併し其の方は剣道も心得ず、文字《もんじ》も知らんで、予の側に居《お》るのは、何を以て君臣の道を立て奉公を致す心得じゃ」
權「他に心得はねえが、夜夜中《よるよなか》乱暴な奴が入《へえ》るとなりませんから、私《わし》ゃア寝ずに御殿の周囲《まわり》を内証《ないしょう》で見廻っていますよ、もし狐でも出れば打殺《ぶっころ》そうと思ってます」
殿「うん、じゃが戦国の世になって戦争の起った時に、若《も》し味方の者が追々敗走して敵兵が旗下《はたもと》まで切込んでまいり、敵兵が予に槍でも向けた時は何う致す」
權「然うさね、其処《そこ》が大切だ」
殿「さ何う致して予を助ける」
權「そりゃア尊公《あんた》どうも此処に一つ」
と權六は胸をたゝき、
「忠義という刄物が有るから、剣術は知らねえでも義という鎧を着ているから、敵が槍で尊公に突掛《つきか》けて参《めえ》れば、私《わし》ア掌《て》で受けるだ、一本脇腹へ突込まして、敵を捻《ひね》り倒して
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