からね」
作「其様《そんな》ことを云っては困る、是非承知して貰いたい」
權「兎に角母にも相談しましょう、お千代は否《いや》と云いますめえが、お母《ふくろ》も有りますし、年い老《と》っているから、貴方《あんた》から安心の往《い》くように話さんじゃア承知をしません、だから其の前に私《わし》がお役人さまにも会って、是れだけの者だがそれで勤まる訳なら勤めますとお前さまも立会って証人に成って、三人|鼎足《みつがなわ》で緩《ゆっ》くら話しをした上にしましょう」
作「鼎足という事はありませんよ、宜しい、それではお母《ふくろ》には私《わし》が話そうから、直《すぐ》に呼んだら宜かろう」
とこれから母を呼んで段々話をしましたが、もと遠山龜右衛門という立派な侍の御新造に娘ゆえ大いに悦び、
母「お屋敷へお抱えに成るとは此の上ない結構な事で」
と早速承知を致しましたので、是れからお抱えに成りましたが、私《わたくし》は頓と心得ませんが、棒を持って見廻って歩き、大した高ではございません、十石三人扶持、御作事方|賄《まかな》い役と申し、少禄では有りますが、段々それから昇進致す事になるので、僅《わずか》でも先《ま》ず高持《たかもち》に成りました事で、毎日棒を持って歩きますが、一体勉強家でございまして、少しも役目に怠りはございません、誠に宜く働き、人足へも手当をして、骨の折れる仕事は自分が手伝いを致して居りました。此の事が御重役|秋月喜一郎《あきづききいちろう》というお方の耳に入りどうか權六を江戸屋敷へ差出して、江戸詰の者に見せて、惰《なま》け者の見手本《みでほん》にしたいと窃《ひそ》かに心配をいたして居ります。
九
粂野美作守さまの御舎弟に紋之丞前次《もんのじょうちかつぐ》さまと云うが有りまして、当時《そのころ》美作守さまは御病身ゆえ御控えに成って入らっしゃるが、前《ぜん》殿さまの御秘蔵の若様でありましたから、御次男でも中々羽振りは宜うございますが、誠に武張ったお方ゆえ武芸に達しておられますので、馬を能《よ》く乗るとか、槍を能く使うとか云う者があると、近付けてお側を放しません。所で件《くだん》の權六の事がお耳に入りますと、其の者を予が傍《そば》へ置きたいとの御意ゆえ、お附の衆から老臣へ申し立て、上《かみ》へも言上《ごんじょう》になると、苦しゅうないとの御沙汰《ごさた》で、至急に江戸詰を仰付けられたから、母もお千代も悦びましたが、悦ばんのは遠山權六でございます。窮屈で厭《いや》だと思いましたが、致し方がありませんから、江戸|谷中《やなか》三崎《さんさき》の下屋敷《しもやしき》へ引移ります。只今は開けまして綺麗に成りましたが、其の頃梅を大層植込み、梅の御殿と申して新らしく御普請が出来て、誠にお立派な事でございます。前次様は權六が江戸着という事をお聞きになると、至急に会いたいから早々呼出せという御沙汰でございます。是れから物頭《ものがしら》がまいりまして、段々|下話《したばなし》をいたし、權六は着慣れもいたさん麻上下《あさがみしも》を着て、紋附とは云え木綿もので、差図《さしず》に任せお次まで罷《まか》り出《い》で控えて居ります。外村惣江《とのむらそうえ》と申すお附頭《つきがしら》お納戸役《なんどやく》川添富彌《かわぞいとみや》、山田金吾《やまだきんご》という者、其の外《ほか》御小姓が二人居ります。侍分《さむらいぶん》の子で十三四歳ぐらいのが附いて居り、殿様はきっと固く鬢《びん》を引詰《ひッつ》めて、芝居でいたす忠臣蔵の若狭之助《わかさのすけ》のように眼が吊《つる》し上っているのは、疳癪持《かんしゃくもち》というのではありません。髪を引詰めて結うからであります、誠に活溌な良い御気象の御舎弟さまで、
小姓「えゝ、お召によりまして權六お次まで控えさせました」
前「あゝ富彌、早速其の者を見たいな、ずっと連れてまいって予に見せてくれ、余程勇義なもので、重宝《じゅうほう》の皿を一時《いちじ》に打砕いた気象は実に英雄じゃ、感服いたした早々|此処《これ》へ」
富「えゝ、田舎育ちの武骨者ゆえ、何とお言葉をおかけ遊ばしても御挨拶を申し上ぐる術《すべ》も心得ません無作法者で、実に手前どもが会いましても、はっと思います事ばかりで、何分にも御前体《ごぜんてい》へ罷出《まかりい》でましたら却《かえ》って御無礼の義を……」
前「いや苦しゅうない、無礼が有っても宜しい、早く会いたいから呼んでくれ、無礼講じゃ、呼べ/\」
富「はっ/\權六/\」
權「はい」
富「お召しだ」
權「はい、おめしと云うのは御飯《おまんま》を喰うのではない、呼ばれる事だと此の頃覚えました」
富「其様《そん》な事を云ってはいかん、極《ごく》御疳癖が強く入《いら》っしゃる、其の代り御意に入《い》れば仕合
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