みのうえ》で……御幼年の時分から御修業なすって、何年の間行脚をなすって、私《わし》は斯う云う修業をした、仏法は有難いものじゃ、斯ういうものじゃによって、お前も迷いを起してはならないと、宿に泊って居りましても臥床《ふせ》る迄は貴方の御教導、あゝ有難いお話で、大きに悟ることもありました、美作まで送って遣ろうとおっしゃっても、他の方なれば断る処なれど、御出家様ゆえ安心して願いました甲斐もなく、貴方が然《そ》う云うお心になってはなりません、何卒《どうぞ》迷いを晴らして……憤《おこ》りはしませんから、元々通り道連れの女と思召して、美作までお送り遊ばしてくださいまし、是迄の御真実は私《わたくし》が存じて居りますから」
宗「むゝう、是程に云ってもお聞済《きゝず》みはありませんか」
竹「どうして貴方大事を抱えている身の上で其様《そん》な事が出来ますものか」
宗「然《そ》うか……そうお前に強う云われたらもう是までじゃ、私《わし》もどうせ迷いを起し魔界に堕《お》ちたれば、飽《あく》までも邪《よこしま》に行《ゆ》く、私はこれで別れる、あなたは煩《わずろ》うている身体で鴻の巣まで行《ゆ》きなさい、それも宜《よ》いが、道の勝手を知って居《お》るまい、夜道にかゝって、女の一人旅は何《ど》の様《よう》な難儀があろうも知れぬ、さ、これで別れましょう」
竹「お別れ申しても仕方がございませんけれども、貴方の迷いの心を翻《ひるが》えしてさえくだされば、私に於《おい》てはお恨みとも何とも存じませんから」
宗「いや、お前は何ともあるまいが、此方《こちら》に有るのじゃ、私《わし》は還俗《げんぞく》してお前のためには力を添えて、何の様にも仕よう、長旅をして、お前を美作まで送って上げようとは、今迄した修業を水の泡にしてしまうのも皆《みん》なお前のためじゃ、何うぞ私の願《ねがい》を叶《かな》えてください、それとも肯《き》かんければ詮方《せんかた》がない、もう此の上は鬼になって、何の様な事をしても此の念を晴さずには置かん、仕儀によっては手込《てごめ》にもせずばならん」
と飛付きに掛りますから、お竹は慌《あわ》てゝ跡へ飛退《とびさが》って、
竹「迷うたか御出家、寄ると只は置きませんぞ」
と合口をすらりと引抜いて振上げ、けんまくを変えたから、
宗「おまえは私《わし》を斬る気になったのじゃな、最《も》う此の上は可愛さ余って憎さが百倍、さ斬っておくれ」
と云いながら身を躱《かわ》して飛付きにかゝる。
竹「そんなれば最う是迄」
と引払《ひっぱら》って突きにかゝる途端に、ころり足が辷《すべ》って雪の中へ転ぶと一杯の血《のり》で、
宗「おゝ何処《どこ》か怪我アせんか」
竹「私を斬ったな、法衣《ころも》を着るお身で貴方は恐しい殺生戒を破って、ハッ/\、お前さんは鬼になった処《どころ》じゃアない蛇《じゃ》になった、あゝ宗達という御出家は人殺しイ」
と云うが、ピーンと川へ響けます。
宗「あゝ悪い事をした、お竹さんが此様《こん》な怪我をする事になったのも畢竟《ひっきょう》我が迷い、実に仏罰は恐ろしいものである」
と思ったので宗達はカアーと取逆上《とりのぼ》せて、お竹が持っていた合口を捻取《ねじと》って、
「お前一人は殺しはせん、私《わし》も一緒に死んで、地獄の道案内をしましょう」
と云いながら我《わが》腹へプツリ。
宗「ウヽーン/\」
竹「もし/\……宗達さま」
宗「あい/\……あい……はアー」
竹「あなたは大層|魘《うな》されていらっしゃいました」
宗「あい/\、あゝ……おゝ、お竹さま」
竹「はい」
宗[#「宗」は底本では「竹」]「あなたはお達者で」
竹「あなた怖い夢でも御覧なすったか、大層魘されて、お額へ汗が大変に」
宗「はい/\……お前は何うしたえ」
竹「はい、私は大きに熱が退《と》れましたかして少し落着きました」
宗「左様か、ウヽン……煩悩経にある睡眠、あゝ夢中《むちゅう》の夢《ゆめ》じゃ、実に怖いものじゃの、あゝ悪い夢を視《み》ました、悪い夢を視ました」
と心の中《うち》に公案を二十ばかり重ねて云いながら、手拭を出して額と胸の辺《あたり》の汗を拭いて、ホッと息を吐《つ》き、
宗「あゝ迷いというものは甚《ひど》いものじゃ」
四十
さて又粂野の屋敷では丁度八月の六日の事でございます。此の程は大殿様が余程御重症でございます。お医者も手に手を尽して種々《いろ/\》の妙薬を用いるが、どうも効能《きゝめ》が薄いことで、大殿様はお加減の悪い中にまた御舎弟紋之丞様は、只今で云えば疳労《かんろう》とか肺労とかいうような症で、漸々《だん/\》お痩せになりまして、勇気のお方がお咳《せき》が出るようになり、お手当は十分でございますが、どうも思うように薬の効能が無い、唯今で申せ
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