然《そ》うすりゃア殺しませんか」
大「うん、只手前が悪い事をしたと云って、うん/\呻っていろ、何うして此処《こゝ》へ来たと聞いたら、実はお下屋敷の方へ参られませんから、此方《こちら》へ参ったのでございます、旅で種々《いろ/\》難行苦行をして、川を渉《わた》り雪に遇《あ》い、霙《みぞれ》に遭い風に梳《くしけず》り、実に難儀を致しましたのが身体へ当って、疝癪《せんしゃく》が起り、少しも歩けませんからお助け下さいましと云え、すると彼奴《あいつ》は正直だから本当に思って自分の家《うち》へ連れて行って、粥ぐらいは喰わしてくれるから、大きに有難う、お蔭さまで助かりましたと云うと、彼奴が屹度《きっと》己の処へ詫に来る、もし詫に来たら、彼《あれ》は使わん、怪《け》しからん奴だ、これ/\の奴だと手前の悪作妄作《あくざもくざ》を云ってぴったり断る」
有「へえ、それは詰《つまら》ねえ話で、其様《そん》な奴なら打殺《ぶっころ》してしまうってんで…」
大「いや/\大丈夫だ、まア聞け、とてもいかん/\という中《うち》に、段々|味《あじわ》いを附けて手前の善い所を云うんだ」
有「成程」
大「正直の人間……とも云えないが、働くことは宜く働き、口も八丁手も八丁ぐらいな事は云う、手前を殺さないように、そんなら己の家《うち》へ置くと云ったら幸い、若《も》し世話が出来ん出て行けと云ったら仕方が有りませんと泣く/\出れば、小遣いの一分や二分はくれる、それを貰って出てしまった所が元々じゃアないか、もし又首尾好く權六の方へ手前を置いてくれたら、深更《よふけ》に權六の寝間へ踏込んで權六を殺してくれ、また其の前にも己の処へ詫びに来る時にも、隙《すき》が有ったら、藪に倒れてゝ歩けない、担《かつ》いでやろうとか手を引いてやろうとか云った時にも隙があったら、懐から合口《あいくち》を出して殺《やっ》ちまえ、首尾好く仕遂《しおお》せれば、神原に話をして手前を士分《さむらい》に取立てゝやろう、首尾好く殺して、ポンと逃げてしまえ、十分に事成った時には手前を呼戻して三百石のものは有るのう。手前が三百石の侍になれる事だが、どうか工夫をして行《や》って見ろ、もし己のいう事を胡乱《うろん》と思うなら、書附をやって置いても宜しい、お互に一つ鍋の飯を食い、燗徳利が一本限《いっぽんぎ》りで茶碗酒を半分ずつ飲んだ事もある仲だ、しくじらせる事も出来ずよ、旨く行《ゆ》けば此の上なしだ、出来損ねたところが元々じゃアないか」
有「成程……行《や》って見ましょうが、彼《あ》の野郎を殺《や》るのには何か刄物が無ければいけませんな」
大「待てよ、人の目に立たん証拠にならん手前の持ちそうな短刀がある、さ、これをやろう、見掛は悪くっても中々切れる、関《せき》の兼吉《かねよし》だ、やりそくなってはいかんぞ」
有「へえ宜しゅうごぜえます」
大「闇の晩が宜《よ》いの」
有「闇の晩、へえ/\」
大「小遣をやるから手前今晩の中《うち》屋敷を出てしまえ」
有「へえ」
 と金と短刀を受取って、お馬場口から出て行《ゆ》きました。

        三十

 さて二の午《うま》も済みまして、二月の末になりまして、大きに暖気に相成りました。御舎弟紋之丞様は大した御病気ではないが、如何《いか》にも癇が昂《たか》ぶって居ります。夜詰《よづめ》の御家来も多勢《おおぜい》附いて居ります、其の中には悪い家来が、間《ま》が宜《よ》くば毒殺をしようか、或《あるい》は縁の下から忍び込んで、殺してしまう目論見《もくろみ》があると知って、忠義な御家来の注意で、お畳の中へ銅板《あかゞねいた》を入れて置く事があります。是は将軍様のお居間には能《よ》くあることで、これは間違いの無いようにというのと、今一つは湿《しっ》けて宜しくないから、二重に遊ばした方が宜しいと二重畳にして御寝《ぎょしん》なる事になる。屏風を建廻《たてまわ》して、武張ったお方ゆえ近臣に勇ましい話をさせ昔の太閤《たいこう》とか、又|眞田《さなだ》は斯う云う計略《はかりごと》を致しました、楠《くすのき》は斯うだというようなお話をすると、少しは紛《まぎ》れておいでゞございます。悪い奴が多いから、庭前《にわさき》の忍び廻りは遠山權六で、雨が降っても風が吹いても、嵐でも巡廻《みまわ》るのでございます。天気の好《よ》い時にも草鞋《わらじ》を穿《は》いて、お馬場口や藪の中を歩きます。袴《はかま》の裾《すそ》を端折《はしょ》って脊割羽織《せわりばおり》を着《ちゃく》し、短かいのを差して手頃の棒を持って無提灯《むぢょうちん》で、だん/\御花壇の方から廻りまして、畠岸《はたけぎし》の方へついて参りますと、森の一叢《ひとむら》ある一方《かた/\》は業平竹《なりひらだけ》が一杯生えて居ります処で、
男「ウーン、ウーン」
 と
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