した御主人様が零落《おちぶ》れて出るのを見棄てゝは居《い》られません、何処《どこ》までもお供をして、倶《とも》に苦労をするのが主従の間だから、悪く思って下さるな」
 と説付《ときつ》けました。

        二十七

 段々訳を聞いても岩吉はまだ腑に落ちんので、
岩「主従はそれで宜かろうが、己を何うする」
忠「屋敷奉公をすりゃア斯ういう場合にはお供をするが当然《あたりまえ》さ、お前さんには済まないが忠義と孝行と両方は出来ません、忠孝|全《まった》からずというは此の事さ」
 岩吉にはまだ言葉の意味が分りませんから、怪訝《けゞん》な顔をして、
岩「何《なん》だア、忌《いや》に理窟を云やアがって、手前《てめえ》近《ちけ》え処じゃアなし、えおう五十里も百里もある処へ行くものを、まったからずって待たずに居《い》られるか」
忠「然《そ》うじゃアありません、忠義をすれば孝行が出来ないという事です」
岩「それは親に孝行主人に忠義をしろてえ事は己も知っている、講釈や何かで聞いたよ」
忠「それですから孝行と忠義と両方は出来ませんよ」
岩「出来ねえって……骨を折ってやんなよ」
忠「うふゝゝ骨を折ってやれと云ったって出来ませんよ」
岩「手前《てめえ》は生意気に変なことを云って人を困らせるが、己は他に子供が無し、手前たった一人だ、年を老《と》った親父を置いて一緒に行けと旦那様が仰しゃりアしめえし、跡へ残れ、可愛相だからと仰しゃるのに、手前の了簡で己を棄てゝ行く気になったんだ、親不孝な野郎め」
忠「なに親不孝ではありませんがね、私は御当家様へ奉公に来て、一文不通《いちもんふつう》の木具屋の忰《せがれ》が、今では何うやら斯うやら手紙の一本も書け、十露盤《そろばん》も覚え、少しは剣術も覚えたのは、皆大旦那のお蔭、今日《こんにち》の場合にのぞんで年のいかない若旦那様やお嬢様のお供をして行かないと、忠義の道が立ちませんよ」
岩「それは分っているよ」
忠「分っているなら遣《や》って下さいな」
岩「分ってはいるが、己を何うするよ」
忠「其様《そん》な分らないことを云っては困りますな、何うするたって私が帰るまで待って下さい」
岩「待てねえ、己《おれ》ア待てねえ(さめ/″\と泣きながら)婆さんが死んでから己ア職人の事で、思うように育てることが出来ねえからってんで、御当家様へ願ったんだ、それは御恩にはなったけれども、旦那様が何も手前《てめえ》を連れてって下さる事アねえ、何う考《かんげ》えても」
忠「分らん事をいうね、自分の御恩になった御主人様が斯ういう訳になったからだよ」
岩「何ういう訳に」
忠「他人《ひと》に殺されてお暇《いとま》になったんだよ」
岩「お暇……てえのは……お屋敷を出るんだろう」
忠「然《そ》うさ」
岩「出て……」
忠「分らんね、零落《おちぶれ》てしまうんだよ、御浪人になるんだよ、それだから私が従《つ》いて行かなければならない、仮令《たとえ》私が御免を蒙《こうむ》ると云ってもお前が己が若ければお供をして行《ゆ》くとこだが、手前《てめえ》何処《どこ》までもお供申して御先途《ごせんど》を見届けなければならんと云《い》うのが[#「云《い》うのが」は底本では「云《い》のが」]当然《あたりまえ》な話だ、其のくらいな覚悟が無ければ、頭《あたま》で武家奉公をさせんければ宜《い》いや、然《そ》うじゃアありませんか、お前さんは屹度《きっと》野暮《やぼ》に止めるに違いないと思ったから、手紙を上げたんだ、分りませんかえ」
岩「むゝ……分った、むゝう成程|侍《さむらい》てえものは其様《そん》なものか……だから最初《てんで》武家奉公は止そうと思った」
祖「忠平、親父が来たのじゃアないか」
忠「へい、親父がまいりました」
祖「おや/\宜くおいでだ、岩吉|入《はい》んな」
岩「御免なせえまし、誠にお力落しさまで……今度急に忰を連れてお出でなさる事になったんで、まゝ是はどうも武家奉公をすれば当然《あたりまえ》のことで、へえ私《わたくし》も五十八で」
祖「貴様も老《と》る年で親父も困ろうから跡へ残っているが宜《よ》いにと云っても、彼《あれ》が真実に何処までも随《つ》いて行ってくれるという、その志を止められもせず、貴様には誠に気の毒でね」
岩「どうも是もまア武家奉公で、へゝゝゝ私《わたくし》は五十八でげす」
忠「お父《とっ》さん、一つ事ばかり云ってゝ困るね其様《そん》な事を云うものではない、明日《あした》お立だからお餞別《はなむけ》をしなければなりませんよ」
岩「え」
忠「お餞別《はなむけ》をしなさいよ」
岩「なんだ……お花……は供《あ》げて来たよ」
忠「分らないよ、お餞別《せんべつ》」
岩「え……煎餅《せんべい》を……なんだ」
忠「旅へ入らっしゃるお土産《みやげ》をよ」
岩「うん/\…
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