附《えんづく》は極《けま》っているからね、知らず/\して縁は異《え》な物味な物といって、ちゃんと極《きま》っているからね」
菊「何《なん》が縁だよ」
林「何でも宜《え》い、本当ね私《わし》が此方《こっちゃ》へ奉公に来た時始めてお前《めえ》さんのお姿を見て、あゝ美《おつこ》しい女中|衆《しゅ》だと思えました、斯ういう美《おつこ》しい人は何家《どけ》え嫁付《かたづ》いて往《ゆ》くか、何ういう人を亭主に持ちおると思ってる内に、旦那さまのお妾さまだと聞きやしたから、拠《よんどころ》ねえと諦らめてるようなものゝ、寐《ね》ても覚《さめ》てもお前《まえ》さんの事を忘れたことアないよ」
菊「冗談をお云いでない、忌《いや》らしい、彼方《あっち》へ往ってお寝よ」
林「往《い》きアしない、亥刻《よつ》までは往《え》かないよ」
菊「困るよ、其様《そん》なに何時《いつ》までもいちゃア、後生だからよ、明日《あした》又旨い物を上げるから」
林「何うしてお前さんの喰欠《こいか》けを半分|喰《こ》うて見てえと思ってゝも、喰欠《こいか》けを残した事がねえから、密《そっ》と台所《だいどこ》にお膳が洗わずにある時は、洗った振りをして甜《な》めて、拭いてしまって置くだよ」
菊「穢《きたな》いね、私ア嫌だよ」
林「それからね、何うかしてお前さんの肌を見てえと思っても見る事が出来ねえ、すると先達《せんだっ》て前町《まえまち》の風呂屋《ほろば》が休みで、行水を浴《つか》った事がありましたろう、此の時ばかり白い肌が見られると思ってると、悉皆《すっかり》戸で囲って覗《のぞ》く事が出来《でけ》ねえ、何うかしてと思ってると、節穴が有ったから覗くと、意地《えじ》の悪い穴よ、斜《はす》に上の方へ向いて、戸に大きな釘が出ていて頬辺《ほゝぺた》を掻裂《かぎざ》きイした」
菊「オホヽヽ忌《いや》だよ」
林「其の時使った糠《のか》を貯《と》って置きたいと思って糠袋《のかぶくろ》をあけて、ちゃんと天日《てんぴ》にかけて、乾かして紙袋《かんぶくろ》に入れて貯っておいて、炊立《たきたて》の飯の上へかけて喰《く》うだ」
菊「忌だよ、穢い」
林「それから浴《つか》った湯を飲もうと思ったが、飲切れなくなって、どうも勿体ねえと思ったが、半分程飲めねえ、三日目から腹ア下《くだ》した」
菊「冗談を云うにも程がある、彼方《あちら》へお出でよ、忌らしい」
林「お菊《けく》さん、もう亥刻《よつ》[#「亥刻」は底本では「戌刻」]かな」
菊「もう直《じき》に亥刻[#「亥刻」は底本では「戌刻」]だよ」
林「亥刻[#「亥刻」は底本では「戌刻」]ならそろ/\始めねえばなんねえ」
 とだん/\お菊の側へ摺寄《すりよ》りました。

        二十一

 其の時お菊は驚いて容《かたち》を正し、
菊「何をする」
 と云いながら、側に在《あ》りました烟管《きせる》にて林藏の頭を打《ぶ》ちました。
林「あゝ痛《いて》え、何《なん》で打《ぶ》った、呆れて物が云われねえ」
菊「早くお前の部屋へおいで何《なん》ぼ私が年が往《い》かないと云って、余《あんま》り人を馬鹿にして、さ、出て行っておくれよ、本当に呆れてしまうよ」
林「出て往《ゆ》くも往《え》かねえも要《い》らねえ、否《えや》なら否《えや》で訳は分ってる、突然《えきなり》頭部《あたま》にやして、本当に呆れてしまう、何だって打《ぶ》ったよ」
菊「打《ぶ》たなくてさ、旦那様のお留守に冗談も程がある、よく考えて御覧、私は旦那さまに別段御贔屓になることも知っていながら、気違じみた真似をして、直《すぐ》に出て往っておくれ、お前のような薄穢《うすぎたな》い者の女房《にょうぼう》に誰がなるものか」
林「薄穢けりアそれで宜《え》えよ、本当に呆れて物が云われねえ、忌《いや》なら何も無理《もり》に女房になれとは云わねえ、私《わし》の身代が立派《れっぱ》になれば、お前さんよりもっと立派《れっぱ》な女房《にょうぼ》を貰うから、否《えや》なら否《えや》で分ってるのに、突然《いきなり》烟管で殴《にや》すてえことがあるか、頭へ傷《けず》が附いたぞ」
菊「打《ぶ》ったって当然《あたりまえ》だ、さっさと部屋へおいで、旦那さまがお帰りになったら申上げるから」
林「旦那様がお帰りになりア此方《こっち》で云うて暇《ひま》ア出させるぞ」
菊「おや、何で私が……」
林「何も屎《こそ》も要《え》らねえ、さっさと暇ア出させるように私《わし》が云うから、然《そ》う思って居るが宜《え》え」
 と云い放って立上る袖を捕《とら》えて引止め、
菊「何ういう理由《わけ》で、まお待《まち》よ」
林「何だね袂《たもと》を押えて何うするだ」
菊「私が何でお暇《いとま》が出るんだえ、お暇が出るといえば其の理由《わけ》を聞きましょう」
林「エヽイ、聞《
前へ 次へ
全118ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング