着いてゝ宜《よ》い、大切な物を扱うに真実で粗相がないから宜いと、大層作左衞門は目をかけて使いました。此の作左衞門の忰《せがれ》は長助《ちょうすけ》と申して三十一歳になり、一旦女房を貰いましたが、三年|前《ぜん》に少し仔細有って離別いたし、独身《ひとりみ》で居ります所が、お千代は何うも器量が好《よ》いので心底《しんそこ》から惚れぬきまして真実にやれこれ優しく取做《とりな》して、
長「あれを買ってお遣《や》んなさい、見苦しいから彼《あ》の着物を取換えて、帯を買ってやったら宜かろう」
 などと勧めますと、作左衞門も一人子《ひとりっこ》の申すことですから、其の通りにして、お千代/\と親子共に可愛がられお千代は誠に仕合せで丁度七月のことで、暑い盛りに本山寺《ほんざんじ》という寺に説法が有りまして、親父《おやじ》が聴きに参りました後《あと》で、奥の離れた八畳の座敷へ酒肴《さけさかな》を取り寄せ、親父の留守を幸い、鬼の居ないうちに洗濯で、長助が、
長「千代や/\、千代」
 と呼びますから、
千「はい若殿様、お呼び遊ばしましたか」
長「一寸《ちょっと》来い、/\、今|一盃《いっぱい》やろうと云うんだ、お父《とっ》さんのお帰りのない中《うち》に、今日はちとお帰りが遅くなるだろう、事に寄ると年寄の喜八郎《きはちろう》の処へ廻ると仰しゃったが村の年寄の処へ寄れば話が長くなって、お帰りも遅くなろう、ま酌をして呉れ」
千「はい、お酌を致します」
長「手襷《たすき》を脱《と》んなさい、忙がしかろうが、何もお前は台所《だいどこ》を働かんでも、一切道具ばかり取扱って居《お》れば宜《よ》いんだ」
千「あの大殿様がお留守でございますから宜いお道具は出しませんで、粗末と申しては済みませんが、皆此の様な物で宜しゅうございますか」
長「酌は美女《たぼ》、食物《くいもの》は器で、宜《い》い器でないと肴が旨く喰えんが、酌はお前のような美しい顔を見ながら飲むと酒が旨いなア」
千「御冗談ばかり御意遊ばします」
長「酔わんと極りが悪いから酔うよ」
千「お酔い遊ばせ、ですが余り召上ると毒でございますよ」
長「まだ飲みもせん内から毒などと云っちゃア困るが、実にお前は堅いねえ」
千「はい、武骨者でいけません」
長「いや、お父さんがお前を感心しているよ、親孝行で、何を見ても聞いても母の事ばかり云って居るって、併《しか》しお前のお母《ふくろ》の病気も追々全快になると云う事で宜《よ》いの」
千「はい、御当家《こなた》さまのお蔭で人参を飲みましたせいか、段々宜しくなりまして、此の程|病褥《とこ》を離れましたと丹治がまいっての話でございますが、母が申しますに、其方《そち》のような行届《ゆきとゞ》きません者を置いて下さるのみならず、お目を掛けて下さいまして、誠に有難いことで、種々《いろ/\》戴き物をしたから宜しく申上げてくれと申しました」
長「感心だな、お前は出が宜《い》いと云うが………千代/\千代」
千「はい」
長「どうも何《なん》だね、お前は十九かえ」
千「はい」
長「ま一盃|酌《つ》いで呉んな」
千「お酌《しゃく》を致しましょう」
長「半分残してはいかんな、何うだ一盃飲まんか」
千「いえ、私《わたくし》は些《ちっ》とも飲めません、少し我慢して戴きますと、顔が青くなって身体が震えます」
長「その震える処がちょいと宜しいて、私《わし》は酔いますよ、お前は色が白いばかりでなく、頬の辺《へん》眼の縁《ふち》がぼうと紅いのう」
千「はい、少し逆上《のぼ》せて居りますから」
長「いや逆上《のぼせ》ではない、平常《ふだん》から其の紅い処が何とも言われん」
千「御冗談ばっかり……」
長「冗談じゃアない、全くだ、私《わし》は三年|前《まえ》に家内を離別したて、どうも心掛けの善くない女で、面倒だから離縁をして見ると、独身《ひとりみ》で何かと不自由でならんが、お前は誠に気立が宜しいのう」
千「いゝえ、誠に届きませんでいけません」
長「此の間|私《わし》が……あの…お前笑っちゃア困るが、少しばかり私が斯う五行《いつくだり》ほどの手紙を、……認《したゝ》めて、そっとお前の袂《たもと》へ入れて置いたのを披《ひら》いて読んでくれたかね」
千「左様でございましたか、一向存じませんで」
 長助は少し失望の体《てい》で、
長「左様でございますかなどゝ、落着き払っていては困る、親に知れては成らん、知っての通り親父は極《ごく》堅いので、あの手紙を書くにも隠れて漸《ようよ》う二行《にぎょう》ぐらい書くと、親父に呼ばれるから、筆を下に置いて又|一行《ひとくだり》書き、終《しま》いの一行は庭の植込《うえご》みの中で書きましたが、蚊に喰われて弱ったね」

        四

千「それはまアお気の毒さま」
長「なに全くだよ、親父に知れち
前へ 次へ
全118ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング