縫《しごと》も能《よ》くするよ」
林「ヒエ……冗談ばっかり仰しゃいますな、旦那さまアおからかいなすっちゃア困ります、お菊《けく》さんなら好《え》いの好《え》くないのって、から理窟は有りましねえ、彼様《あん》な優しげなこっぽり[#「こっぽり」に傍点]とした方は少ねえもんでごぜえますな」
大「あはゝゝ、何だえ、こっぽり[#「こっぽり」に傍点]と云うのは」
林「頬の処や手や何かの処がこっぽり[#「こっぽり」に傍点]として、尻なぞはちま/\[#「ちま/\」に傍点]としてなあ」
大「ちま/\というのは小さいのか」
林「ヒエ誠にいらいお方さまでごぜえますよ」
大「手前が嫌いなれば仕方がない、気に入ったら手前の女房に遣りたいのう」
林「ひへゝゝゝ御冗談ばかし」
大「冗談ではない、菊が手前を誉《ほ》めているよ」
林「尤《もっと》も旦那様のお声がゝりで、林藏に世帯《しょたい》を持たせるが、女房がなくって不自由だから往ってやれと仰しゃって下さればなア……」
大「己が云やア否《いや》というのに極っている何故ならば衾《ふすま》を倶《とも》にする妾だから、義理にも彼様《あん》な人は厭《いや》でございますと云わなければならん、是は当然だ、手前の処へ幾ら往《い》きたいと思っても然《そ》ういうに極って居《お》るわ」

        二十

 林藏はにこ/\いたしまして、
林「成程むゝう」
大「だから、手前さえ宜《よ》いと極《きま》れば、直接《じか》に掛合って見ろい、菊に」
林「是は云えません、間《ま》が悪うてとてもはや冗談は云えませんな然《そ》うして中々ちま/\[#「ちま/\」に傍点]としてえて、堅《かて》え気性でござえますから、冗談は云えましねえよ、旦那様がお留主《るす》の時などは、とっともう苦《ねが》え顔をして居なせえまして、うっかり冗談も云えませんよ」
大「云えない事があるものか、じゃア云える工夫をしてやろう、こゝで余った肴を折へ詰めて先へ帰れ、己は神原の小屋に用があるから、手前先へ帰って、旦那さまは神原さまのお小屋で御酒《ごしゅ》が始まって、私《わし》だけ先へ帰りました、これはお土産《みやげ》でございますと云って、折を出して、菊と二人で一盃《いっぱい》飲めと旦那さまが仰しゃったから、一盃頂戴と斯う云え」
林「成程どうも…併《しか》しお菊《けく》さんは私《わし》二人《ほたり》で差向《さしもか》いでは酒を飲まねえと思いやすよ」
大「それは飲むまい、私《わたし》は酒を飲まんからお部屋へ往って飲めというだろうから、もし然《そ》う云ったら、旦那様が此処《こゝ》で飲めと仰しゃったのを戴きませんでは、折角のお志を無にするようなものだから、私《わし》は頂戴いたしますと云って、茶の間の菊がいる側の戸棚の下の方を開けると、酒の道具が入っているから、出して小さな徳利《とくり》へ酒を入れて燗を附け、戸棚に種々《いろ/\》な食物《たべもの》がある、※[#「魚+獵のつくり」、第4水準2−93−92]《からすみ》又は雲丹《うに》のようなものもあるから、悉皆《みんな》出してずん/\と飲んで、菊が止めても肯《き》くな、然うして無理に菊に合《あい》をしてくれろと云えば、仮令《たとえ》否《いや》でも一盃ぐらいは合をするだろう、飲んだら手前酔った紛《まぎ》れに、私《わし》は身を固める事がある、私《わし》は近日の内|商人《あきんど》に成るが、独身《ひとりみ》では不自由だから、女房になってくれるかと手か何か押えて見ろ」
林「ひえへゝゝ是はどうも面白《おもしろ》え、やりたいようだが、何分間が悪うて側へ寄附《よりつ》かれません」
大「寄附けようが寄附けまいが、菊が何と云うとも構ったことはない、己は四つの廻りを合図に、庭口から窃《そっ》と忍び込んで、裏手に待っているから、四つの廻りの拍子木を聞いたら、構わず菊の首玉《くびッたま》へかじり附け、己が突然《だしぬけ》にがらりと障子を開けて、不義者《ぶぎもの》見附けた、不義《ふぎ》をいたした者は手討に致さねばならぬのが御家法だ、さ両人《ふたり》とも手討にいたす」
林「いや、それは御免を……」
大「いやさ本当に斬るのじゃアない、斬るべき奴だが、今迄真実に事《つか》えてくれたから、内聞《ないぶん》にして遣《つか》わし、表向にすれば面倒だによって、永《なが》の暇《いとま》を遣わす、また菊もそれ程までに思っているなら、町人になれ、侍になることはならんと三十両の他に二十両菊に手当をして、頭の飾《かざり》身の廻り残らず遣《や》る」
林「成程、有難い、どうも是ははや……併《しか》しそれでもいけませんよ、お菊《けく》さんが貴方飛んでもない事を仰しゃる、何うしても林藏と私《わたくし》と不義をした覚えはありません、神かけてありません、夫婦に成れと仰しゃっても私は否《えや》で
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