お》りよう、千両までは受合って宜しい」
源「へえ……有難いことで、夢のようでございますな、お家のためと申しても、私《わたくし》風情が何《なん》のお役にも立ちませんが、それでは恐入ります、いえ何様《どん》な事でも致します、へえ手や指ぐらいは幾許《いくら》切っても薬さえ附ければ直《じき》に癒《なお》りますから宜しゅうございます、なんの指ぐらいを切りますのは」
とちょいと其の頃千両からの金子《かね》を貰って、立派な飴屋になるというので嬉しいから、指の先を切って血判をいたし、
源「何ういう御用で」
大「さ、こゝに薬がある」
源「へえ/\/\」
大「貴様は、水飴を煮るのは余程手間のかゝったものかのう」
源「いえ、それは商売ですから直《じき》に出来ますことで」
大「どうか職人の手に掛けず、貴様一人で上《かみ》の召上るものだから練《ね》れようか」
源「いえ何ういたしまして、年を老《と》った職人などは攪廻《かきまわ》しながら水涕《みずッぱな》を垂《たら》すこともありますから、決して左様なことは致させません、私《わたくし》が如何《いか》ようにも工夫をいたします」
大「それでは此の薬を練込むことは出来るか」
源「へえ是は何《なん》のお薬で」
大「最早血判致したから、何も遠慮をいたすには及ばんが、一大事で、お控えの前次様は御疳癖が強く、動《やゝ》もすれば御家来をお手討になさるような事が度々《たび/\》ある、斯様な方がお世取《よとり》に成れば、お家の大害《だいがい》を惹出《ひきいだ》すであろう、然《しか》る処幸い前次様は御病気、殊《こと》にお咳が出るから、水飴の中へ此の毒薬を入れて毒殺をするので」
源「え……それは御免を蒙《こうむ》ります」
大「何《なん》だ、御免を蒙るとは……」
源「何だって、お忍びで王子へ入らっしゃる時にお立寄がありまして、お十三の頃からお目通りを致しました前次様を、何かは存じませんが、私《わたくし》の手からお毒を差上げますことは迚《とて》も出来ません」
というと、神原四郎治がキリヽと眦《まなじり》を吊《つる》し上げて膝を進めました。
十九
神原「これ源兵衞、手前は何のために血判をいたした、容易ならんことだぞ、お家のためで、紋之丞[#「紋之丞」は底本では「紋之亟」]様が御家督に成れば必らずお家の害になることを存じているから、一家中の者が心配して、此の通り役柄をいたす侍が頼むのに、今となって否《いや》だなどと申しても、一大事を聞かせた上は手討にいたすから覚悟いたせ」
源「ど、何卒《どうぞ》御免を……お手討だけは御勘弁を……」
大「勘弁|罷《まか》りならん、神原殿がお頼みによって、其の方に申聞《もうしき》けた、だが今になって違背《いはい》されては此の儘に差置《さしお》けんから、只今手討に致す」
源「へえ大変な事で、私《わたくし》は斯様な事とは存じませんでしたが、大変な事になりましたな、一体水飴は私の処では致しませんへえ不得手なんで」
大「其様《そん》な事を申してもいかん」
源「へえ宜しゅうございます」
と斬られるくらいならと思って、不承/\に承知致しました。
大「一時遁《いっときのが》れに請合《うけあ》って、若《も》し此の事を御舎弟附の方々《かた/\》へ内通でもいたすと、貴様の宅《たく》へ踏込んで必ず打斬《うちき》るぞ」
源「へえ/\御念の入《い》った事で、是がお薬でございますか、へえ宜しゅうございます」
と宅《うち》へ帰って彼《か》の毒薬を水飴の中へ入れて煉《ね》って見たが、思うようにいけません、どうしても粉が浮きます、綺麗な処へ※[#「譽」の「言」に代えて「石」、第3水準1−89−15]石《よせき》の粉が浮いて居りますので、
源「幾ら煉《ねっ》てもいけません」
と此の事を松蔭大藏に申しますから、大藏もどうしたら宜かろうと云うので、大藏の家《うち》へ山路という医者を呼び飴屋と三人打寄って相談をいたしますと、山路の申すには、是は斑猫《はんみょう》という毒を煮込んだら知れない、併《しか》し是は私《わし》のような町医の手には入《はい》りません、なにより効験《きゝめ》の強いのは和蘭陀《おらんだ》でカンタリスという脊中《せなか》に縞のある虫で、是は豆の葉に得て居るが、田舎でエゾ虫と申し、斑猫のことで、効験が強いのは煎じ詰めるのがよかろうと申しましたので、なる程それが宜かろうと相談が一決いたし、飴屋の源兵衞と医者の山路を玄関まで送り出そうとする時|衝立《ついたて》の蔭に立っていましたのは召使の菊という女中で、これは松蔭が平生《へいぜい》目を掛けて、行々《ゆく/\》は貴様の力になって遣《つか》わし、親父も年を老《と》っているから、何時《いつ》までも箱屋(芸妓《げいしゃ》の箱屋じゃアありません、木具屋と申して指物《さし
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