助けられた恩が有るゆえ、織江が種々《いろ/\》周旋いたしたところから、丁度十日目に松蔭大藏の許《もと》へお召状《めしじょう》が到来致しましたことで、大藏|披《ひら》いて見ると。
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御面談|申度《もうしたき》儀|有之候《これありそうろう》間|明《みょう》十一日朝五つ時当屋敷へ御入来《ごじゅらい》有之候|様《よう》美作守《みまさかのかみ》申付候此段|得御意《ぎょいをえ》候以上
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[#地から8字上げ]美作守内[#地付き、地より8字アキ]
    三月十日[#地から1字上げ]寺島兵庫
        松蔭大藏殿
 という文面で、文箱《ふばこ》に入って参りましたから、当人の悦びは一通りでございません、先ず請書《うけしょ》をいたし、是から急に支度にかゝり、小清潔《こざっぱり》した紋付の着物が無ければなりません、紋が少し異《ちが》っていても宜い、昌平《しょうへい》に描《か》かせても直《じき》に出来るだろうが、今日一日のことだからと有助を駈けさせて買いに遣《つか》わし、大小は素《もと》より用意《たしなみ》がありますから之を佩《さ》して、翌朝《よくあさ》の五つ時に虎の門のお上屋敷《かみやしき》へまいりますと、御門番には予《かね》て其の筋から通知がしてありますから、大藏を中の口へ通し中の口から書院へ通しました。

        十五

 御書院の正面には家老寺嶋兵庫、お留守居渡邊織江其の外お目附列座で新規お抱えのことを言渡し、拾俵五人扶持を下《くだ》し置かるゝ旨のお書付を渡されました。其のお書付には高《たか》拾俵五人扶持と筆太に書いて、宛名は隅の方へ小さく記してござります。織江から来《きた》る十五日御登城の節お通り掛けお目見え仰付《おおせつ》けらるゝ旨、且《かつ》上屋敷に於てお長家《ながや》を下し置かるゝ旨をも併《あわ》せて達しましたので、大藏は有難きよしのお受《うけ》をして拝領の長家へ下《さが》りました。織江が飛鳥山で世話になった恩返しの心で、御不自由だろうから是もお持ちなさい、彼《あれ》もお持ちなさいと種々《いろ/\》な品物を送ってくれたので、大藏は有難く心得て居りました。其の中《うち》十五日がまいると、朝五つ時の御登城で、其の日大藏は麻上下《あさがみしも》でお廊下に控えていると、軈《やが》てごそり/\と申す麻上下と足の音がいたす、平伏をする、というのでお目見えというから読んで字の如く目で見るのかと存じますと、足音を聞くばかり、寧《むし》ろお足音拝聴と申す方が適当であるかと存じます。併《しか》し当時《そのころ》では是すら容易に出来ませんことで、先ず滞《とゞこお》りなくお目見えも済み、是から重役の宅を廻勤《かいきん》いたすことで、是等《これら》は総《すべ》て渡邊織江の指図でございますが、羽振の宜《よ》い渡邊織江の引力でございますから、自《おのず》から人の用いも宜しゅうございますが、新参のことで、谷中のお下屋敷詰《しもやしきづめ》を申付けられました。始《はじま》りはお屋敷|外《そと》を槍持六尺棒持を連れて見廻らんければなりません、槍持は仲間部屋《ちゅうげんべや》から出ます、棒持の方は足軽部屋から出《で》て[#「出《で》て」は底本では「出《で》で」]、甃石《いし》の処をとん/\とん/\敲《たゝ》いて歩《あ》るく、余り宜《い》い役ではありません、芝居で演じましても上等役者は致しません所の役で、それでも拾俵の高持《たかもち》になりました。所が大藏如才ない人で、品格があって弁舌愛敬がありまして、一寸《ちょっと》いう一言《ひとこと》に人を感心させるのが得意でございますから、家中《かちゅう》一般の評判が宜しく、
甲「流石《さすが》は渡邊|氏《うじ》の見立《みたて》だ、あれは拾俵では安い、百石がものはあるよ」
乙「いゝえ何《なん》でげす、家老や用人よりは中々腕前が良いそうだが、全体|彼《あれ》を家老にしたら宜かろう」
 などと種々《いろ/\》なことを云います。大藏は素《もと》より気が利いて居りますから、雨でも降るとか雪でも降ります時には、部屋へ来まして
大「一盃《いっぱい》飲むが宜《よ》い、今日《こんにち》は雪が降って寒いから巡検《おまわり》は私《わし》一人で廻ろう、なに槍持ばかりで宜しい、此の雪では誰も通るまいから咎める者も無かろう、私一人で宜しい、これで一盃飲んでくれ」
 と金《かね》びらを切りまして、誠に手当が届くから、寄ると触ると大藏の評判で、
甲「野上《のがみ》イ」
乙「えゝ」
甲「今度新規お抱えになった松蔭様はえらいお方だね」
乙「彼《あれ》は別だね一寸《ちょっと》来ても寒かろう、一盃飲んだら宜かろうと、仮令《たとえ》二百でも三百でも銭を投出して目鼻の明く処は、どうも苦労した人は違うな、一体御当家様よ
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