せだよ」
權「詰り気に入られるようにと思ってやる仕事は出来ましねえ」
富「其様なことを云ってはいかん、何でも物事を慇懃《いんぎん》に云わんければなりませんよ」
權「えゝ彼処《あすこ》で隠元小角豆《いんげんさゝぎ》を喰うとえ」
富「丁寧に云わんければならんと云うのだ」
權「そりゃア出来ねえ、此の儘にやらして下せえ」
富「此の儘、困りましたなア、上下《かみしも》の肩が曲ってるから此方《こっち》へ寄せたら宜かろう」
權「之れを寄せると又此方へ寄るだ、懐へこれを納《い》れると格好が宜《い》いと、お千代が云いましたが、何にも入《へい》っては居ません」
富「此の頃は別して手へ毛が生えたようだな」
權「なに先《せん》から斯ういう手で、毛が一杯《いっぺい》だね、足から胸から、私《わし》の胸の毛を見たら殿様ア魂消《たまげ》るだろう」
富「其様な大きな声をするな、是から縁側づたいにまいるのだ、間違えてはいかんよ、彼処《あれ》へ出ると直《すぐ》にお目見え仰せ付けられるが、不躾《ぶしつけ》に殿様のお顔を見ちゃアなりませんよ」
權「えゝ」
富「いやさ、お顔を見てはなりませんよ、頭《かしら》を擡《あげ》ろと仰しゃった時に始めて首を上げて、殿様のお顔をしげ/″\見るのだが、粗※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]《ぞんざい》にしてはなりませんよ」
權「そんならば私《わし》を呼ばねえば宜《い》いんだ」
富「さ、私《わし》の尻に尾付《くッつ》いてまいるのだよ曲ったら構わずに……然《そ》う其方《そっち》をきょと/\見て居ちゃアいかん、あ痛い、何だって私の尻へ咬付《くいつ》いたんだ」
權「だってお前《めえ》さん尻へ咬付《くッつ》けって」
富「困りますなア」
と小声にて小言を云いながら御前へ出ました。富彌は慇懃に両手を突き、一礼して、
富「へい、お召に依って權六|罷出《まかりで》ました、お目見え仰付けられ、權六身に取りまして此の上なく大悦《たいえつ》仕《つかまつ》り、有難く御礼《おんれい》申上げ奉ります」
殿「うん權六、もっと進め/\」
と云いながら見ると、肩巾の広い、筋骨の逞《たくま》しい、色が真黒《まっくろ》で、毛むくじゃらでございます。実に鍾馗《しょうき》さまか北海道のアイノ人《じん》が出たような様子で有ります。前次公は見たばかりで大層御意に入りました。
殿「どうも骨格が違うの、是は妙だ、權
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