急に江戸詰を仰付けられたから、母もお千代も悦びましたが、悦ばんのは遠山權六でございます。窮屈で厭《いや》だと思いましたが、致し方がありませんから、江戸|谷中《やなか》三崎《さんさき》の下屋敷《しもやしき》へ引移ります。只今は開けまして綺麗に成りましたが、其の頃梅を大層植込み、梅の御殿と申して新らしく御普請が出来て、誠にお立派な事でございます。前次様は權六が江戸着という事をお聞きになると、至急に会いたいから早々呼出せという御沙汰でございます。是れから物頭《ものがしら》がまいりまして、段々|下話《したばなし》をいたし、權六は着慣れもいたさん麻上下《あさがみしも》を着て、紋附とは云え木綿もので、差図《さしず》に任せお次まで罷《まか》り出《い》で控えて居ります。外村惣江《とのむらそうえ》と申すお附頭《つきがしら》お納戸役《なんどやく》川添富彌《かわぞいとみや》、山田金吾《やまだきんご》という者、其の外《ほか》御小姓が二人居ります。侍分《さむらいぶん》の子で十三四歳ぐらいのが附いて居り、殿様はきっと固く鬢《びん》を引詰《ひッつ》めて、芝居でいたす忠臣蔵の若狭之助《わかさのすけ》のように眼が吊《つる》し上っているのは、疳癪持《かんしゃくもち》というのではありません。髪を引詰めて結うからであります、誠に活溌な良い御気象の御舎弟さまで、
小姓「えゝ、お召によりまして權六お次まで控えさせました」
前「あゝ富彌、早速其の者を見たいな、ずっと連れてまいって予に見せてくれ、余程勇義なもので、重宝《じゅうほう》の皿を一時《いちじ》に打砕いた気象は実に英雄じゃ、感服いたした早々|此処《これ》へ」
富「えゝ、田舎育ちの武骨者ゆえ、何とお言葉をおかけ遊ばしても御挨拶を申し上ぐる術《すべ》も心得ません無作法者で、実に手前どもが会いましても、はっと思います事ばかりで、何分にも御前体《ごぜんてい》へ罷出《まかりい》でましたら却《かえ》って御無礼の義を……」
前「いや苦しゅうない、無礼が有っても宜しい、早く会いたいから呼んでくれ、無礼講じゃ、呼べ/\」
富「はっ/\權六/\」
權「はい」
富「お召しだ」
權「はい、おめしと云うのは御飯《おまんま》を喰うのではない、呼ばれる事だと此の頃覚えました」
富「其様《そん》な事を云ってはいかん、極《ごく》御疳癖が強く入《いら》っしゃる、其の代り御意に入《い》れば仕合
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