よ」
權「へえ有難うごぜえます」
作「なにを」
權「まだ腹も空《す》きませんが」
作「なに」
權「お飯《めし》を喰わせるというので」
作「アハ……お飯ではない、お召抱えだよ」
權「えゝ然《そ》うでござえますか、藁の中へ包んで脊負《しょ》って歩くのかえ」
作「なにを云うんだ、勝山の御城主二万三千石の粂野美作守さまが小皿山の一件を御重役方から聞いて、貴様を是非召抱えると云うのだが、人足頭が入《い》るというので、貴様なら地理も能《よ》く弁《わきま》えて居って適当で有ろうというのだ、初めは棒を持って見廻って歩くのだが、江戸屋敷の侍じゃアいかないというので、お召抱えになると、今から直《すぐ》に貴様は侍に成るんだよ」
權「はゝゝそりゃア真平《まっぴら》御免だよ」
作「真平御免という訳にはいかん、是非」
權「是非だって侍には成れませんよ、第一侍は字い知んねえば出来ますめえ、また剣術も知らなくっちゃア出来ず、それに私《わし》ゃア馬が誠に嫌《きれ》えだ、稀《たま》には随分|小荷駄《こにだ》に乗《のっ》かって、草臥《くたびれ》休めに一里や二里乗る事もあるが、それでせえ嫌えだ、矢張《やっぱり》自分で歩く方が宜《い》いだ、其の上いろはのいの字も書くことを知らねえ者が侍《さむれえ》に成っても無駄だ」
作「それは皆|先方《むこう》さまへ申し上げてある、山川廣様というお方に貴様の身の上を話して、学問もいたしません、剣術も心得ませんが、膂力《ちから》は有ります、人が綽名《あだな》して立臼《たてうす》の權六と申し、両手で臼を持って片附けますから、あれで力は知れますと云ってあるが、其の山川廣と云うのはえらい方だ」
權「へえ、白酒屋《しろざけや》かえ」
作「山川廣(口の中《うち》にて)山川白酒と聞違えているな」
權「へえー其の方が得心で、粂野さまの御家来になるだね」
作「うん、下役《したやく》のお方だが、今度の事に就いては其の上役《うわやく》お作事奉行が来て居ますよ、有難い事だのう」
權「有難い事は有難いけんども、私《わし》ゃア無一国《むいっこく》な人間で、忌《いや》にお侍《さむれえ》へ上手を遣《つか》ったり、窮屈におっ坐《つわ》る事が出来ねえから、矢張《やっぱり》胡坐《あぐら》をかいて草臥《くたび》れゝば寝転び、腹が空《へ》ったら胡坐を掻いて、塩引の鮭《しゃけ》で茶漬を掻込《かっこ》むのが旨《うめ》え
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