祖五郎が松蔭の顔をじろりと横目で睨《ね》め上げるから、松蔭は気味悪くなり、下を向いている。
數「春部梅三郎は腰元の若江と密通して逃げたという事だったの」
梅「はい、誠に恥入った事でございます」
數「うん、それが露顕した訳でもなし、是まで勤め向《むき》も堅く、ほんの若気《わかげ》の至りで、女を連れて逐電いたしたのじゃが、未《いま》だお暇の出たわけではなし、只家出をした廉《かど》だから、お詫をして帰参の叶《かな》う時節もあろう、若江という小姓も少《ちい》さい時分から奉公をしていた者で、先年|体好《ていよ》くお暇になったとの事、是も出入りは出来ようかと思う、所でお前たちに私《わし》が問うがな、大殿様は今年はもう五十五にお成りなさる、昨今の処では御病気も大きに宜《よ》いようじゃが、どうもお身上《みじょう》が悪いので、今度の御病気は數馬決して安心せん、もしお逝去《かくれ》にでもなった時には御家督相続は誰が宜かろう、春部だの祖五郎はお暇になってゝも、代々の君恩の辱《かたじけ》ない事は忘却致すまい、君恩を有難いと考えるならば、御家督は何う致すが宜しいか少しは考えも有ろう」
祖「手前の考えでは若様は未《ま》だお四才《よっつ》かお五才《いつゝ》で御頑是《ごがんぜ》もなく、何|弁《わきま》えない処のお子様でございますから、万々一《まん/\いち》大殿様がお逝去《かく》れに相成った時には、お下屋敷にならせられる紋之丞様より他に御家督御相続のお方は有るまいかと存じます」
數「それは些《ち》と違うだろう、菊様はお血統《ちすじ》だ、仮令《たとえ》お四才《よっつ》でも菊様が御家督にならなければなるまい、御舎弟を直すのは些と道理に違って居《お》るように心得る」
梅「いや、それは違って居りましょう」
數「違っては居らん」
梅「併《しか》しお四才《よっつ》になる者を御家督になされば、矢張《やっぱり》御後見が附かなければなりません、それよりは矢張《やっぱり》お下屋敷の御舎弟紋之丞様が御家督御相続になって、菊様追々御成人の後《のち》、御順家督《ごじゅんかとく》に相成るが御当然《ごとうぜん》のことゝ存じます」
數「いや/\然《そ》うでない、お血統《ちすじ》は別だ、誰しも我子は可愛もので、御実子《ごじっし》を以《もっ》て御家督相続と云えば殿様にもお快くお臨終が出来る、御兄弟の御情合も深い、深いなれども御舎弟様が
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