しばら》く視て居《い》る。最前から森下の植込《うえご》みの蔭に腕を組んで様子を窺《うかご》うて居るのは彼《か》の遠山權六で、曩《さき》に松蔭の家来有助を取って押えたが、松蔭がお羽振が宜《い》いので、事を問糺《といたゞ》さず、無闇に人を引括《ひっくゝ》り、上《かみ》へ手数を掛け、何も弁《わきま》えん奴だと權六は遠慮を申付けられました、遠慮というのは禁錮《おしこめ》の事ですが、權六|些《ちと》とも[#「些《ちと》とも」は「些《ち》とも」「些《ちっ》とも」などの誤記か]遠慮をしません、相変らず夜々《よな/\》のそ/\出てお庭を見巡《みまわ》って居りますので、今權六が屈《かゞ》んで見て居りますと、犬がグック/\と苦しみ、ウーンワン/\と忌《いや》な声で吠《ほ》える、暫く悶《もが》いて居りましたが、ガバ/\/\と泡のような物を吐いて土をむしり木の根方へ頭をこすり附けて横っ倒しに斃《たお》れるのを見て、怪しの侍が抜打《ぬきうち》にすうと犬の首を斬落《きりおと》して、懐から紙を取出し、すっかり血を拭《ぬぐ》い、鍔鳴《つばなり》をさせて鞘《さや》に収め、血の附いた紙を藪蔭へ投込んで、すうと行《ゆ》きに掛るから權六は怪しんですうッと立上り、
權「いやア」
と突然《だしぬけ》に彼《か》の侍の後《うしろ》から組附いた時には、身体《しんたい》も痺《しび》れ息も止《とま》るようですから、侍は驚きまして、
曲者「放せ」
權「いや放さねえ、怪しい奴だ、何者だ、何故犬う斬った、さ何者だか名前を云え」
曲「手前たちに名前を申すような者じゃアねえ、其処《そこ》放せ」
權「放さねえ、さ役所へ行《ゆ》け」
曲「役所へ行《ゆ》くような者《もん》じゃア無《ね》え」
權「黙れ、頭巾を深く被りやアがって、大小を差して怪しい奴だ、此のまア御寝所《ごしんじょ》近《ちけ》え奥庭へ這入りやアがって、殊《こと》に大切な犬を斬ってしまやアがって、さ汝《われ》何故犬を斬った」
曲「何故斬った、此の犬は己《おれ》に咬付《かみつ》いたから、ムヽ咬付かれちゃアならんから斬ったが何うした」
權「黙れ、己《おれ》ア見ていたぞ、咬付きもしねえ犬を斬るには何か理由《わけ》があるだろう、云わなければ汝《うぬ》絞殺《しめころ》すが何うだ」
曲「ムヽせつないから放せ」
權「放せたって容易にア放さねえ、さ歩《あゆ》べ、え行《い》かねえか」
と大
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