で」
紋「予が咳を治さんとて、上屋敷から遣わされたお心入れの別製の水飴を甜めようとする処へ、此奴が駈込んで参り突然《いきなり》予が持っていた箸を引奪《ひったく》って庭へ棄てた、これ取《とり》も直さず兄上を庭へ投げたも同じ事じゃから免さん、それへ直れ、怪《け》しからん奴じゃ」
喜「これは怪しからん、富彌、何ういう心得だ、上《かみ》から下された水飴というものは一通りならんと、梅の御殿様の思召《おぼしめ》すところは御情合《ごじょうあい》で、態々《わざ/\》仰附《おおせつ》けられた水飴を何で左様な事をいたした」
富「お毒でございますから、お口に入《はい》らん内にと口でお止《と》め申す間合《まあい》がございませんから、無沙汰にお庭へ棄てました」
喜「それは又何ういう訳で」
富「何ういう訳と申して、只今申上げる訳にはまいりませんが、至ってお毒で」
喜「ムヽウ、是は初めて聞く水飴は周の世の末に始めて製したるを取って柳下惠《りゅうかけい》がこれを見て好《よ》い物が出来た、歯のない老人や乳のない子供に甜めさせるには妙である、誠に結構なものが出来た、後の世の仕合《しあわせ》であると申したという、お咳などには大妙薬である、斯《かゝ》る結構な物を毒とは何ういう理由《わけ》だ尤《もっと》も其の時に盜跖《とうせき》という大盗賊が手下に話すに、是《こ》れは好《よ》いものが出来た、戸の枢《くろゝ》に塗る時は音がせずに開《ひら》く、盗みに忍び入《い》るには妙である至極|宜《よ》い物であると申したそうだ、同じ水飴でも見る人によっては然《そ》う違う、拙者もお見舞いに差上る積りで態々白山前の飴屋源兵衞方から持参いたした此の水飴」
富「これは怪《け》しからん秋月の御老人に限って其様《そん》なことは無いと存じていたが、是は怪しからん、あなたは何うかなすったな」
喜「其の方こそ何うかして居《い》る、お咳のお助けになり、お養いになる水飴を」
富「ス……はてな」
 と心の中《うち》で川添富彌が忠義無二の秋月と思いの外《ほか》、上屋敷の家老寺島|或《あるい》は神原五郎治と与《くみ》して、水飴を上《かみ》へ勧めるかと思いましたから、顔色を変えてジリヽと膝を前へ進め。
富「相成りません」
紋「白痴《たわけ》……喜一郎あのような事を申す、余程|訝《おか》しい変になった」
喜「余程変に相成りましたな」
富「御老臣が献ずる水飴
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