を切ったって命に障《さわ》る訳もない、中程から切るのだから、何も不自由の事もなかろう」
母「はい、でございますけれども、此の千代は親のために御当家様へ御奉公にまいりましたので、と申すは、私《わたくし》が長煩《ながわずら》いで、人参の入った薬を飲めば癒ると医者に申されましたが、長々の浪人ゆえ貧に迫って、中々人参などを買う手当はございませんのを、娘《これ》が案じまして、御当家のお道具係を勤めさえすれば三年で三拾両下さるとは莫大の事ゆえ、それを戴いて私《わたし》を助けたいと申すのを、私《わたくし》も止めましたけれども、此娘《これ》が強《た》ってと申して御当家さまへ参りましたが、親一人子一人、他に頼りのないものでございます、今|此娘《これ》を不具に致しましては、明日《あす》から内職を致すことが出来ませんから、何卒《どうぞ》御勘弁遊ばして、私《わたくし》は此娘《これ》より他に力と思うものがございませんから」
長「黙れ/\、幾回左様な事を云ったって役に立たん、其のために前々《まえ/\》奉公住みの折に証文を取り、三年に三拾金という給金を与えてある、斯《かく》の如く大金を出すのも当家の道具が大切だからだ、それを承知で証文へ判を押して奉公に来たのじゃアないか、それに粗相でゞもある事か、先祖より遺言状の添えてある大切の宝を打砕《うちくだ》き、糊付にして毀さん振をして、箱の中に入れて置く心底《しんてい》が何うも憎いから、指を切るのが否《いや》なれば頬辺《ほッぺた》を切って遣《や》る」
母「何卒《どうぞ》御勘弁を……」
 と泣声にて、
「顔へ疵《きず》が附きましては婿取前の一人娘で、何う致す事も出来ません」
長「指を切っては内職が出来んと云うから面《つら》を切ろうと云うんだ、疵が出来たって、後《あと》で膏薬を貼れば癒る、指より顔の方を切ってやろう」
 と長助が小刀《ちいさがたな》をすらりと引抜いた時に、驚いて丹治が前へ膝行《すさ》り出まして、
丹「何卒《どうぞ》お待ちなすって下せえまし」
長「何だ、退《の》け/\」
丹「お前さまは飛んだお方だアよ」
長「何が飛んだ人だ」
丹「成程証文は致しやしただけれども、人の頬辺《ほッぺた》を切るてえなア無《ね》え事です」
長「手前は何のために受人に成って、印形《いんぎょう》を捺《つ》いた」
丹「印形だって、是程に厳《やかま》しかアねえと思ったから、印形
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