いでも宜い」
婆「お金は戴きませんよ、なア忰」
嘉「えゝ、これは戴けません、此間《こねえだ》から一疋で六百ずつの立前《たちめえ》になるんでせえ途方も無《ね》え事だと思ってるくれえで、これが玉虫とか皀角虫《さいかちむし》とかを捕《と》るのなれば大変だが、豆の葉に集《たか》ってゝ誰にでも捕れるものを大金《てえきん》を出して下さるだもの、其様《そん》なに戴いちゃア済みません」
源「これ/\其様《そん》な大きな声を出しちゃアいけない」
嘉「これは何うしても戴けません」
源「そこに種々《いろ/\》理由《わけ》があるんだ、其様《そん》なことを云っては困る、これは取って置いてくれ」
嘉「へえ立前《たちめえ》は戴きます、ま此方《こっち》へお上《あが》んなすって、なに其処《そこ》を締めろぴったり締めて置け、砂が入《へい》っていかねえから……えゝゝ風が入《へい》りますから、ま此方《こっち》へ……何もごぜえませんがお飯《まんま》でも喰《た》べてっておくんなせえまし」
源「お飯は喫《た》べたくないが、礼を受けてくれんと誠に困るがな、受けませんか」
嘉「へえ」
 と何う有っても受けない、百姓は堅いから何うしても受けません。源兵衞も困って、
源「そんなら茶代に」
 と云って二分《にぶ》出しますと、
嘉「お構い申しもしませんのに……お茶代と云うだけに戴きましょう、誠にどうも、へえ」
源「今日は帰ります、婆《ばア》さん又|彼方《あっち》へ来たらお寄り、だが、私が此処《こゝ》へ来たことは家内へ知れると悪いから、店へは寄らん方が宜《い》い、店には奉公人もいるから」
婆「いえ、お寄り申しませんよ、はい左様なら、気を附けてお帰んなせえましよ」
源「あい」
 是から麻裏草履を穿《は》いて小金屋源兵衞が出にかゝる屏風の中で。
秋月「源兵衞源兵衞」
 と呼ばれ、源兵衞は不審な顔をして振反《ふりかえ》り、
源「誰だ……何方《どなた》でげす、私をお呼びなさるのは何方ですな」
秋「私《わし》じゃ、一寸《ちょっと》上《あが》れ、ま此方《こっち》へ入っても宜《よ》い、思い掛ない処で会ったな」
源「何方《どなた》でげす」
 と屏風を開けて入り、其の人を見ると、秋月喜一郎という重役ゆえ、源兵衞は肝《きも》を潰《つぶ》し、胸にぎっくりと応《こた》えたが、素知《そし》らぬ体《てい》にて。
源「誠に思い掛ない処で、御機嫌宜しゅう」
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