も、左様ですか、武者修行で、へえー然《そ》う聞けばお前さんの顔に似てえる」
侍「何が」
○「いえ、そら久しい以前《あと》絵に出た芳年《よしとし》の画《か》いたんで、鰐鮫《わにざめ》を竹槍で突殺《つッころ》している、鼻が柘榴鼻《ざくろッぱな》で口が鰐口で、眼が金壺眼《かなつぼまなこ》で、えへゝゝ御免ねえ」
侍「怪《け》しからん事をいう、人の顔を讒訴《ざんそ》をして無礼至極」
○「なに、お前さんは左様《そん》なでもねえけれども、些《ちっ》と似てえるという話だ」
侍「貴公らは江戸のものか、職人か」
○「へえ」
侍「成程」
○「旦那、皆《みんな》は嘘っぺいばかしでいけませんが、何《なん》ぞ面白《おもしろ》え話はありませんかね」
侍「貴公《あんた》先にやったら宜かろう」
○「私《わっち》どもは好《い》い話が無《ね》えんで、火事のあった時に屋根屋の徳《とく》の野郎め、路地を飛越し損《そく》なやアがって、どんと下へ落ると持出した荷の上へ尻餅を搗《つ》き、睾丸《きんたま》を打ち、目をまわし、嚢《ふくろ》が綻《ほころ》びて中から丸《たま》が飛出して」
侍「然《そ》ういう尾籠《びろう》の話はいけんなア」
○「それから乱暴勝《らんぼうかつ》てえ野郎が焚火《たきび》に※[#「火+共」、第3水準1−87−42]《あた》って、金太《きんた》という奴を殴る機《はず》みにぽっぽと燃えてる燼木杭《やけぼっくい》を殴ったから堪《たま》らねえ、其の火が飛んで金太の腹掛の間へ入《へい》って、苦しがって転がりやアがったが、余程《よっぽど》面白うござえました」
侍「其様《そん》な事は面白くない」
○「そんなら旦那何ぞ面白え話を」
侍「先刻《せんこく》から空話《そらばなし》ばかり出たので、拙者の話を信じて聞くまいから、どうもやりにくい」

        三十八

 向座敷《むこうざしき》にてぽん/\と手を打ち、
宗「誰《たれ》も居ぬかな」
下婢「はい」
 此の座敷に寝ているのは渡邊お竹で、宗達が看病を致して居りますので、
婢「お呼びなさいましたかえ」
宗「一寸《ちょっと》こゝへ入ってくれ」
婢「はい」
宗「序《ついで》に水を持って来ておくれ、病人がうと/\眠附《ねつ》くかと思うと向座敷で時々大勢がわアと笑うので誠に困る」
婢「誠にお喧《やかま》しゅうござりやしょう」
宗「其処《そこ》をぴったり閉めておくれ」

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