《こしら》え、印半纏《しるしばんてん》を着まして、日の暮々《くれ/″\》に屋敷へ入込《いりこ》んで、灯火《あかり》の点《つ》かん前にお稲荷様の傍《そば》に設けた囃子屋台《はやしやたい》の下に隠れている内に、段々日が暮れましたから、町の者は亥刻《よつ》[#「亥刻」は底本では「戌刻」]になると屋敷内へ入れんように致します。灯火《あかり》も忽《たちま》ち消しまして静かになりました。是から人の引込《ひっこ》むまでと有助は身を潜《かゞ》めて居りますと、上野の丑刻《やつ》の鐘がボーン/\と聞える、そっと脱出《ぬけだ》して四辺《あたり》を見廻すと、仲間衆《ちゅうげんしゅう》の歩いている様子も無いから、
有「占《し》めた」
と呟《つぶや》きながらお馬場口へかゝって、裏手へ廻り、勝手は宜く存じている有助、主人松蔭大藏方へ忍び込んで、縁側の方へ廻って来ると、烟草盆を烟管《きせる》でぽん/\と叩く音。
有「占めた」
と云うので有助が雨戸の所を指先でとん/\とん/\と叩きますと、大藏が、
大「今開けるぞ、誰も居らんから心配せんでも宜《よ》い、有助今開けるぞ」
と云われて有助は驚きました。
有「去年の九月屋敷を出てしまい、それっきり帰らない此の有助が戸を叩いた計《ばか》りで、有助とは実に旦那は智慧者《ちえしゃ》だなア…これだから悪い事も善い事も出来るんだ」
松蔭大藏は寐衣姿《ねまきすがた》で縁側へまいり、音をさせんように雨戸を開け、雪洞《ぼんぼり》を差出して透《すか》し見まして、
大「此方《こっち》へ入れ」
有「へえ、旦那様其の中《うち》は、面も被《かぶ》らずのめ/\上《あが》られた義理じゃアごぜえませんが、何うにも斯うにも仕方なしに又お屋敷へ帰《けえ》ってまいりました、誠に面目次第もありません」
大「さ、誰も居らんから此方へ入れ/\」
有「へえ/\」
大「構わず入れ」
有「へえ、足が泥ぼっけえで」
大「手拭をやろう、さ、これで拭け」
有「此様《こん》な綺麗な手拭で足を拭いては勿体ねえようで……さて私《わたくし》も、ぬっと帰《けえ》られた義理じゃアごぜえませんが、帰《けえ》らずにも居《お》られませんから、一通りお話をして、貴方に斬られるとも追出されるとも、何うでも御了簡に任せようと、斯う思いやして帰ってまいりましたので」
大「彼限《あれき》りで音沙汰が無いから、何うしたかと実は心配致
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