林「お菊《けく》さん、もう亥刻《よつ》[#「亥刻」は底本では「戌刻」]かな」
菊「もう直《じき》に亥刻[#「亥刻」は底本では「戌刻」]だよ」
林「亥刻[#「亥刻」は底本では「戌刻」]ならそろ/\始めねえばなんねえ」
とだん/\お菊の側へ摺寄《すりよ》りました。
二十一
其の時お菊は驚いて容《かたち》を正し、
菊「何をする」
と云いながら、側に在《あ》りました烟管《きせる》にて林藏の頭を打《ぶ》ちました。
林「あゝ痛《いて》え、何《なん》で打《ぶ》った、呆れて物が云われねえ」
菊「早くお前の部屋へおいで何《なん》ぼ私が年が往《い》かないと云って、余《あんま》り人を馬鹿にして、さ、出て行っておくれよ、本当に呆れてしまうよ」
林「出て往《ゆ》くも往《え》かねえも要《い》らねえ、否《えや》なら否《えや》で訳は分ってる、突然《えきなり》頭部《あたま》にやして、本当に呆れてしまう、何だって打《ぶ》ったよ」
菊「打《ぶ》たなくてさ、旦那様のお留守に冗談も程がある、よく考えて御覧、私は旦那さまに別段御贔屓になることも知っていながら、気違じみた真似をして、直《すぐ》に出て往っておくれ、お前のような薄穢《うすぎたな》い者の女房《にょうぼう》に誰がなるものか」
林「薄穢けりアそれで宜《え》えよ、本当に呆れて物が云われねえ、忌《いや》なら何も無理《もり》に女房になれとは云わねえ、私《わし》の身代が立派《れっぱ》になれば、お前さんよりもっと立派《れっぱ》な女房《にょうぼ》を貰うから、否《えや》なら否《えや》で分ってるのに、突然《いきなり》烟管で殴《にや》すてえことがあるか、頭へ傷《けず》が附いたぞ」
菊「打《ぶ》ったって当然《あたりまえ》だ、さっさと部屋へおいで、旦那さまがお帰りになったら申上げるから」
林「旦那様がお帰りになりア此方《こっち》で云うて暇《ひま》ア出させるぞ」
菊「おや、何で私が……」
林「何も屎《こそ》も要《え》らねえ、さっさと暇ア出させるように私《わし》が云うから、然《そ》う思って居るが宜《え》え」
と云い放って立上る袖を捕《とら》えて引止め、
菊「何ういう理由《わけ》で、まお待《まち》よ」
林「何だね袂《たもと》を押えて何うするだ」
菊「私が何でお暇《いとま》が出るんだえ、お暇が出るといえば其の理由《わけ》を聞きましょう」
林「エヽイ、聞《
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