か》いでは酒を飲まねえと思いやすよ」
大「それは飲むまい、私《わたし》は酒を飲まんからお部屋へ往って飲めというだろうから、もし然《そ》う云ったら、旦那様が此処《こゝ》で飲めと仰しゃったのを戴きませんでは、折角のお志を無にするようなものだから、私《わし》は頂戴いたしますと云って、茶の間の菊がいる側の戸棚の下の方を開けると、酒の道具が入っているから、出して小さな徳利《とくり》へ酒を入れて燗を附け、戸棚に種々《いろ/\》な食物《たべもの》がある、※[#「魚+獵のつくり」、第4水準2−93−92]《からすみ》又は雲丹《うに》のようなものもあるから、悉皆《みんな》出してずん/\と飲んで、菊が止めても肯《き》くな、然うして無理に菊に合《あい》をしてくれろと云えば、仮令《たとえ》否《いや》でも一盃ぐらいは合をするだろう、飲んだら手前酔った紛《まぎ》れに、私《わし》は身を固める事がある、私《わし》は近日の内|商人《あきんど》に成るが、独身《ひとりみ》では不自由だから、女房になってくれるかと手か何か押えて見ろ」
林「ひえへゝゝ是はどうも面白《おもしろ》え、やりたいようだが、何分間が悪うて側へ寄附《よりつ》かれません」
大「寄附けようが寄附けまいが、菊が何と云うとも構ったことはない、己は四つの廻りを合図に、庭口から窃《そっ》と忍び込んで、裏手に待っているから、四つの廻りの拍子木を聞いたら、構わず菊の首玉《くびッたま》へかじり附け、己が突然《だしぬけ》にがらりと障子を開けて、不義者《ぶぎもの》見附けた、不義《ふぎ》をいたした者は手討に致さねばならぬのが御家法だ、さ両人《ふたり》とも手討にいたす」
林「いや、それは御免を……」
大「いやさ本当に斬るのじゃアない、斬るべき奴だが、今迄真実に事《つか》えてくれたから、内聞《ないぶん》にして遣《つか》わし、表向にすれば面倒だによって、永《なが》の暇《いとま》を遣わす、また菊もそれ程までに思っているなら、町人になれ、侍になることはならんと三十両の他に二十両菊に手当をして、頭の飾《かざり》身の廻り残らず遣《や》る」
林「成程、有難い、どうも是ははや……併《しか》しそれでもいけませんよ、お菊《けく》さんが貴方飛んでもない事を仰しゃる、何うしても林藏と私《わたくし》と不義をした覚えはありません、神かけてありません、夫婦に成れと仰しゃっても私は否《えや》で
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