だけの者に手紙を書かせなどしたら、何も仔細はなかろう」
林「でござえますが、武士《ぼし》は窮屈ではありませんか、実《ぜつ》は私《わし》は町人になって商いをして見たいので」
大「町人になりたい、それは造作もない、二三百両もかければ立派に店が出せるだろう」
林「なに、其様《そんな》には要《え》りませんよ、三拾両|一資本《ひともとで》で、三拾両も有れば立派に店が出せますからな」
大「それは造作ない事じゃ、手前が一軒の主人になって、己が時々往って、林藏|一盃《いっぱい》飲ませろよ、雨が降って来たから傘ア貸せよと我儘を云いたい訳ではないが、年来使った家来が出世をして、其の者から僅かな物でも馳走になるは嬉しいものだ、甘《うま》く喰《た》べられるものだ」
林「誠に有難い事で」
大「ま、もう一盃飲め/\」
林「ヒエ大層嬉しいお話で、大分《だいぶ》酔《え》いました、へえ頂戴いたします、これははや有難いことで……」
大「そこでな、どうも手前と己は主家来の間柄だから別に遠慮はないが、心懸けの悪い女房でも持たれて、忌《いや》な顔でもされると己も往《ゆ》きにくゝなる、然《そ》うすると遂《つい》には主従《しゅうじゅう》の隔てが出来、不和《ふなか》になるから、女房の良いのを貴様に持たせたいのう」
林「へえ、女房の良いのは少ねえものでござえます、あの通り立派なお方様でござえますが、森山様でも秋月様でも、お品格といい御器量といい、悪い事はねえが、私《わし》ら目下《めした》の者がめえりますとつんとして馬鹿にする訳もありやしねえが、届かねえ、お茶も下さらんで」
大「それだから云うのだ、此の間から打明けて云おうと思っていたが、家《うち》にいる菊な」
林「ヒエ」
大「彼《あれ》は手前も知っているだろうが、内々《ない/\》己が手を附けて、妾同様にして置く者だ」
林「えへゝゝゝ、それは旦那さまア、私《わし》も知らん振でいやすけれども、実《じつ》は心得てます」
大「そうだろう、彼《あれ》はそれ渡邊の家《うち》に勤めている船上の妹《いもと》で、己とは年も違っているから、とても己の御新造《ごしんぞ》にする訳にはいかん、不器量《ふきりょう》でも同役の娘を貰わなければならん、就《つい》ては彼《あ》の菊を手前の女房に遣《や》ろうと思うが、気に入りませんかえ、随分器量も好《よ》く、心立《こゝろだて》も至極宜しく、髪も結い、裁
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