まさか》家来渡邊織江と申す者、今日《こんにち》仏参《ぶっさん》の帰途《かえりみち》、是なる娘が飛鳥山の花を見たいと申すので連れまいり、図らず貴殿の御助力《ごじょりき》を得て無事に相納まり、何ともお礼の申上げようもござりません、併《しか》しどうも起倒流《きとうりゅう》のお腕前お立派な事で感服いたしました、いずれ由《よし》あるお方と心得ます、御尊名をどうか」
浪「手前《てまい》は名もなき浪人でございます、いえ恐入ります、左様でございますか、実は拙者は松蔭大藏と申して、根岸の日暮が岡の脇の、乞食坂を下《お》りまして左へ折れた処に、見る蔭もない茅屋《ぼうおく》に佗住居《わびずまい》を致して居ります、此の後《ご》とも幾久しく……」
織「左様で、あゝ惜しいお方さまで、只今のお身の上は」
大「誠に恥入りました儀でござるが、浪人の生計《たつき》致し方なく売卜《ばいぼく》を致して居ります」
織「売卜を……易を……成程惜しい事で」
喜「お前さまは売卜者《うらないしゃ》か、どうもえらいもんだね、売卜者《ばいぼくしゃ》だから負けるか負けねえかを占《み》て置いて掛るから大丈夫だ、誠に有難うござえました」
織「何《いず》れ御尊宅へお礼に出ます」
 と宿所《しゅくしょ》姓名を書付けて別れて帰ったのが縁となり、渡邊織江方へ松蔭大藏が入込《いりこ》み、遂に粂野美作守様へ取入って、どうか侍に成りたい念があって企《たく》んで致した罠にかゝり、渡邊織江の大難に成ります所のお話でございます。此の松蔭大藏と申す者は前に述べました通り、従前美作国津山の御城主松平越後様の家来で、宜《よ》い役柄を勤めた人の子でありますが、浪人して図らず江戸表へ出てまいりましたが、彼《か》の權六とも馴染の事でございますゆえ、權六方へも再三訪れ、權六もまた大藏方へまいりまして、大藏は織江を存じておりますから喧嘩の仲裁《なか》へ入りました事でございます。屋敷へ帰っても物堅い渡邊織江ですから早く礼に往《ゆ》かんければ気が済みませんので、お竹と喜六を伴《つ》れ、結構な進物を携《たずさ》えまして日暮ヶ岡へまいって見ると、売卜《ばいぼく》の看板が出て居りますから、
織「あ此家《これ》だ、喜六|一寸《ちょっと》其の玄関口で訪れて、松蔭大藏様というのは此方《こなた》かと云って伺ってみろ」
喜「はい畏《かしこま》りました、えゝお頼み申します/\」

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