うしたね」
 國「死んだのだ」
 森「死んだえ、死んだ時は何《なん》とか云うのだね」
 國「御愁傷さまか」
 森「御愁傷さまだろう」
 國「お父様《とっさま》が亡《な》くなって外《ほか》に親類はなし、行《ゆ》き処のない心細い身の上、旦那様は情深い方だから不憫だと思って逐出《おいだ》しもしめえから、旦那様の処へ御膳炊きに願いてえと云うのだが、御膳炊きには惜しいじゃねえか、旦那と並べれば好《よ》い一対《いっつい》の御夫婦が出来らア」
 森「勿体《もってえ》ねえ/\、旦那の褒めたのはお前《めえ》さんばかりだ、これはしようじゃアねえか」
 國「しようったってお前《めえ》と己《おれ》としようと云う訳にゃいけねえ、お母《ふくろ》さんに話をしてくれ」
 森「己はいけねえ、己がお母さんに話しても取上げねえ、森松の云うことは取留《とりとま》らねえと云って取上げねえからいけねえや」
 國「誰も話のしてがねえから」
 森「お前《めえ》行《ゆ》きねえな」
 國「己は去年の暮|強請《ゆす》りに往ったからいけねえ」
 森「そんなら藤原喜代之助さんという浪人者がある、此の人はお母さんの気に合っている、それにおかやさんという娘子《むすめッこ》を嫁にやったから、旦那より藤原さんを可愛がらア、此の人に話して貰おう」
 國「違《ちげ》えねえ、それが良《い》いや」
 森「お前《めえ》往《ゆ》きねえな」
 國「往《い》ってきよう。それじゃア往って来ますから」
 町「國藏さん、嫁の何《なん》のと仰しゃらないで御膳炊きの方を願います」
 女房「貴方《あなた》そんなに御心配なさいますな、向うで嫁に欲しいと云ったら嫁においでなさいな、卑下《ひげ》しておいでなさるからいけません、國藏にお任せなさいよ」
 これから両人で参りますと、藤原喜代之助という右京の太夫《たゆう》の家来でございますが、了簡違いから浪人して居りますが、今ではおかやという女房を持って不足なく暮して居ります。
 森「御免なせい/\」
 藤「森松か、上《あが》れ」
 森「旦那にお目に懸りたいと云う者が参ったのですが、兄い此方《こっち》へ上れ」
 藤「此方へお上り」
 森「旦那、これは國藏と云うまかな[#「まかな」に傍点]の國、今は下駄屋ですが元は悪党で」
 國「何を云うのだ……私《わたくし》は國藏という者で、表の旦那のお世話で今は堅気の職人になりました、旦那様を神とも仏とも思って居ります、旦那の処と御縁組になりました此方へは未だ一度もまいりません、此の後《のち》とも幾久しく願います」
 藤「成程、予《かね》て文治郎殿から聞きました、性善なるもので必ず心から悪人という者はない、却《かえ》って大悪なる者が、改心致す処が早いと云って居りました、能くお尋ね下すって……かやや、お茶を上げな」
 國「貴方から文治郎さまのお母《っか》さまへお話を願いたいので出ました、旦那の方では何《なん》とも思わないでも、私《わっち》の方では主人のように思って居りまして、良い御新造《ごしんぞ》をと心掛けて居りましたがありません、処がこれならばお母《っか》さんの御意《ぎょい》にも入《い》り、恥《はず》かしくない者があるんでございますが、私《わっち》がお母さんに話悪《はなしにく》いから其の当人を御覧になっては如何《いかゞ》でございます」
 藤「成程、それは御親切な、千万|辱《かたじ》けない、私《わし》も心掛けて居《お》るが、大概《たいがい》の婦人が来ても気に入らぬ、能く心掛けてくれました、どういう女で」
 國「私《わっち》の一つ長家にいる娘で、先達《せんだっ》て親が死んで、親類もなく、何処《どこ》へ往っても置いてくれまい、旦那には御鴻恩《ごこうおん》になってお慈悲深いから、旦那の処へ御膳炊きに来たいと云います、処が惜しいのです、本所中一番という娘です、処で親孝行娘というものですが如何でございます」
 藤「成程、そんなら文治郎殿から聞いた、孝心の娘があって雪中《せっちゅう》に凍えて居《い》るのを救って、金をやったが受けぬ、今の世の中には珍らしいと云って賞《ほ》めた娘だろう、それは幸いだ」
 國「親里《おやざと》を拵えれば大家《おおや》でも頼むのでございますが、旦那が親になって上げてはいかゞです」
 藤「宜《よ》うございます、叔母に話をしましょう」
 と、これから文治郎の母に話すと、かねて文治郎から聞いているから、何しろ一《ひ》と目見たいと云いますから、そんならばと云うので娘に話し、損料を借りて来る、湯に往って化粧《おしまい》をする、漸く出来上った。
 浪「ちょいと/\お嬢さんの支度が出来たのを御覧よ、こんな美くしいお嬢さんを竈《へッつい》の前に燻《くす》ぶらして置いたと思うと勿体ない」
 國「どう/\、これはどうも、こんな美くしい嬢さんを、どうもお屋敷様だア、紋付が能く似合う、頭の簪《かんざし》は山田屋か、損料は高《たけ》えが良《い》い物を持っているなア、これじゃアお母様《ふくろさま》の気に入らア、これから直《すぐ》に行《ゆ》きましょう」
 浪「あゝ貴嬢《あなた》そんな卑下したことを云わないで、嫁にすると云ったら嫁におなんなさいよ」
 國「手前《てめえ》一緒に行《い》きない」
 浪「わたしは衣服《きもの》も何もないもの、嫌《いや》だよ」
 國「手前《てめえ》はめかすには及ばねえ、行《い》け/\」
 これから連れて参りますと、森松は路地の処に待って居ります。
 森「兄《あに》い々々どうした、お嬢様はどうした」
 國「お嬢さまは此《こゝ》へ連れて来た」
 森「これか、こりゃアお母様《ふくろさま》に気に入らア」
 國「気に入るだろう」
 森「気に入らなければ殴る……旦那、藤原さんえ、来ましたよ」
 藤「何が」
 森「どうもその頭が」
 藤「頭が腫《は》れたか」
 森「腫れたのではありません嫁ッ御《ご》が来ましたよ」
 藤「これは/\」
 國「漸く支度が出来ました」
 藤「叔母も先程から楽《たのし》みにして待って居ります、さア此方《こっち》へ」
 浪「お初うにお目に懸りました、どうか國藏同様御贔屓を願います」
 藤「成程、これがお嫁さんで」
 國「なアに、これは私《わっち》の嚊《かゝあ》です、引込《ひっこ》んでいな」
 藤「このお嬢様、さア/\これへ/\」
 しとやかに手を突いて、
 町「お初うにお目に懸りました」
 と漸《やっ》と手を突いて挨拶をする物の云いよう裾捌《すそさば》き、この娘を飯炊きにと云っても自《おのず》から頭が下《さが》る。
 藤「ハ……お初にお目に懸りました、不思議の御縁で、どうか此の事が届けば手前に於《おい》ても満足致す、今文治の母が参られます、此の後《ご》とも御別懇に……國藏、これだけの御器量があって御膳炊きにしてくれと身を卑下した処に感服しますねえ」
 國「実にこんなお嬢さまはない、親孝行で、お父《とっ》さんのお達者の時分には八《や》ツ九ツまで肩を擦《さす》ったり足を揉んだりして、実に感心致します」
 藤「おかやや叔母に早く来るように話しな」
 か「叔母さんがお出《いで》になりました」
 文治郎の母が参りまして娘に会いますと、
 町「不束《ふつゝか》のもので何処《どこ》へ参っても御意に入《い》らず逐出《おいだ》されたとき宿《やど》がございません、どうかお見捨なく御膳炊きにお置き遊ばして下さい」
 と只管《ひたすら》縋《すが》るのを見て母は気に入り、
 母「心配おしでない、逐出しゃしない、文治郎が気に入らないでも私が貰う」
 と云ったからこれは安心なもので。母は宅へ取って返し、
 母「文治郎、此処《こゝ》へ来な」
 文「お帰り遊ばせ、何か藤原で御馳走でも出ましたか」
 母「思掛《おもいがけ》なくお前の嫁が見付かりましたから婚礼をなさい」
 文「三十にして娶《めと》り、廿にして嫁《か》すということがございます、況《ま》して他人が這入りますとお母《っか》さまに不孝なことでも致すと、浪島の名を汚《けが》しますから、お母様《っかさま》のお見送りを致しましてから嫁を貰うことに願います」
 母「早く嫁を貰って安心させるのが孝行だよ、唯の嫁ではない、あんな嫁を持ちたいと云っても持てない」
 文「何者でございます」
 母「お前も知っている去年|金子《きんす》をやった小野の娘」
 文「へー庄左衞門の娘、彼《あれ》は一人娘で他《ほか》へ縁付けることは出来ますまい」
 母「いえ庄左衞門が亡くなられたそうだ」
 文「へー亡くなられましたか、町は嘸《さぞ》嘆いて居りましょう」
 母「可愛そうに、親類も身寄もない、他人へ奉公に往って逐出されても行《ゆ》く処がない、家《うち》へ御膳炊きに置いてくれというが、御膳炊きどころでない、どこへ出しても立派なお嬢さまだから貰いなさい」
 文「嫁はいけません、行《ゆ》く処がなければお側へ置いてお使い遊ばせ、御膳炊きにでもお使い遊ばせ」
 母「御膳炊きなどにはいけませんよ、お前がいやならお前を逐出しても貰いますよ」
 文「大層御意に入りましたな、暫《しばら》くお待ち下さい」
 と暫く考えて居りましたが、母が気をゆるさぬから大伴の道場へ斬込むことが出来ぬ、嫁を貰って母が安心して外へ出せば、彼等両人を殺害《せつがい》して仕舞う、婚礼の晩に大伴の道場へ斬込んで血の雨を降らせようという色気のない話で、嫁は親の仇を討ちたい一心で、此の家《や》に嫁に来るという似た者夫婦でございます。遂に六月廿八日の晩に婚礼を致しますというお話、鳥渡《ちょっと》一服息を吐《つ》きまして申上げます。

  十五

 扨《さて》文治郎とお町の婚礼は別に媒妁《なこうど》も親もない。藤原喜代之助が親里なり媒妁なり致して、ほんの内輪だけでございまして、國藏夫婦が連なり、森松も末席に坐り、目出度《めでたく》三三九度の盃も済み、藤原が「四海|浪《なみ》しずかに」と謡《うた》い、媒妁は霄《よい》の中《うち》と帰りました。母も悦び、大いに酒を過《すご》して寝ます。夏のことでございますから八畳の間へ一杯に蚊帳《かや》を釣りまして夫婦の寝る処がちゃんと極《きま》って居ります。娘お町は思掛《おもいがけ》ないことで、飯炊きの奉公に来ようと云ったのが嫁となり、世に類《たぐ》いなき文治郎のような夫を持つのは冥加《みょうが》に余ったことと嬉しいが一杯で、側へも寄ることが出来ず、行燈《あんどう》の側に蚊に食われるのも知らず小さくなって居ります。文治郎は蚊帳の中に風呂敷包を持って来ました。
 文「お町/\」
 町「はい」
 文「此処《こゝ》へおいでなさい、其処《そこ》にいると蚊がさしていかない、なか/\蚊の多い処だから蚊を能く逐《お》うて這入んなさい、少しお前に話す事がある」
 お町は嬉しゅうございますから飛立つ程に思いましたが、しとやかに扇《あお》いで、ずっと横に這入らぬと蚊が這入ります。これが行儀の悪いものはそうは行きません。ばた/\と扇いで立ってひょいと蚊帳をまくって這入りますから蚊が飛込んでいけません。蚊帳の中に這入りましても蒲団の上に乗りませんで蚊帳の側にぴったり坐って居ります。
 文「此方《こっち》へ来なさい、縁あってお前は私《わし》の処に嫁に来ようというは実におもいきや、今日《こんにち》三々九度の盃をすれば生涯《しょうがい》死水《しにみず》を取合う深い縁、お前は来たばかりであるが少し申し聞けることがある、浪島の家風がある、家風は背きはしまい」
 町「恐入りますことを御意遊ばす、私《わたくし》は元より嫁に参りたいと願いました訳ではございません、御膳炊きに参りましたのでございます、親一人子一人の其の父が亡くなりまして、別に頼るべき親族もございませず、何処《どこ》へか奉公に参りましょうと思いましても、不束《ふつゝか》もの逐出されても行《ゆ》き処がございません、心細う思うて居りました、旦那様へ御奉公に参ればお情深い旦那さま、見捨《みすて》ては下さるまい、御膳炊きにでもと思うて居りましたに、思い掛なくお盃を下さいまして冥加に余りましたことでございます、何ごともお辞《ことば
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