人力車があり、馬車があり、又近頃は大川筋へ川蒸気が出来て何もかも至極便利でありますが、前には左様なものがありませんから、急ぐ時は陸《おか》では駕籠《かご》に乗り川では船に乗ることでありましたが、お安くないから大抵の者は皆歩きました。只意気な人は多く船で往来致しましたから、舟が盛んに行われました。扨《さて》友之助は乗りつけの船宿から乗っては人に知られると思うから、知らない船宿から船に乗って来て桐屋河岸に着けて船首《みよし》の方を明けて、今に来るかと思って煙草を呑みながら時々亀の子のように首を出して待ちあぐんでいると、お村は固《もと》より死ぬ覚悟でございますから、鳥渡《ちょっと》お参りの姿《なり》で桐屋河岸へ来て、船があるかと覗《のぞ》いて見ると、一艘《いっそう》繋《つな》いであって、船首の方が明いていて、友之助が手招ぎをするから、お村はヤレ嬉しと桟橋《さんばし》から船首の方へズーッと這入《はい》ると、直《すぐ》に船頭さん上流《うわて》へ遣っておくれと云うので河岸を突いて船がズーッと右舷《おもかじ》を取って中流へ出ます。そうするとお村は何《なんに》も言わずに友之助の膝《ひざ》に取付き、声を
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