れば母の身体へ傷を付けたも同じだから、左様心得て以後はたしなめ」
文「はゝ畏《かしこま》りました」
喜「成程、お母様の御意見感服致した、文治郎殿、以後は気をお付けなさい、万一湯に行って転んで傷を付けても、お母様の身体へ傷を拵えたのも同じになるから気を付けないといけません、さア、それではお母様御飯を上るように願います」
と云われ、そこは親子の情《じょう》でございますから、喜代之助夫婦と四人で一と口飲んで食事も済ませ、藤原夫婦も嬉しく思って帰りましたが、これより後《のち》は文治郎は親の慈悲を反故《ほご》にしてはならんと云うので、頓《とん》と他《た》へ出ません。母の側に附き限《き》りで居りまして、母の機嫌を取るばかりでなく、足腰を撫擦《なでさす》り、又は枕元に本を持って参りまして、読んで聞かせたりして、外出《そとで》を致しませんから、また母も心配して、
母「文治郎、此の頃は久しく外出《そとで》をしないのう」
文「左様でございます、お母様も私《わたくし》をお案じなすってお外出をなさいませんが、偶《たま》には御遊歩《ごゆうほ》遊ばした方がお身体の為にも宜しゅうございます」
母「左様さ
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