槍の鞘を払って「賊め」と突き掛る処を、はっと手元へ繰込《くりこ》み、一足踏込んでプツリと斬りましたが、殺しは致しませんで、蟠作の髻《たぶさ》とお村の髻とを結び、庭の花崗岩《みかげいし》の飛石の上へ押据《おしす》えて、
文「やい蟠作、能くも汝《われ》は大小を差す身の上でありながら、町人|風情《ふぜい》の友之助を賭碁に事寄せ金を奪い、お村まで貪《むさぼ》り取ったな、大悪非道な奴である…お村、汝《われ》は友之助と心中致す処を此の文治郎が助け、駒形へ世帯を持たせて遣《や》ったに、汝《なんじ》友之助に意地をつけ、文治郎に無沙汰で銀座三丁目へ引越《ひっこ》し、剰《あまつさ》え蟠龍軒の襟元に付き心中までしようと思った友之助を袖にして、斯様《かよう》な非道なことをしたな、汝《なんじ》は文治郎が掛合に参った時|悪口《あっこう》を吐《つ》き、能くも面体《めんてい》へ疵を付けたな、汝《おの》れ」
と七人力の力で庭の飛石へ摩《こす》り付け、友之助が居《お》ればこうであろうと、和田原安兵衞の差していた脇差を取って蟠作の顔を十文字に斬り、汝《われ》は此の口で友之助を騙《だま》したか、此の色目で男を悩《なやま》したかとお村をズタ/\に斬り、汝《われ》は此の口で文治郎に悪口を吐《つ》いたかと嬲殺《なぶりごろ》しにして、其の儘脇差を投《ほう》り出し、藤四郎吉光の一刀を提《さ》げて「蟠龍軒は何処《どこ》に居《お》るか、隠れずに出ろ、友之助になり代って己が斬るから此処《こゝ》へ出ろ」と云いながら何処を探してもいないから、台所へ来て男部屋を開けますると、紙帳《しちょう》の中へゴソ/\と潜《もぐ》って、頭の上へ手を上げて一生懸命に拝んで、
男「何卒《どうぞ》お助け下さい、何も心得ません、命|計《ばか》りはお助けなすって、御入用なれば何《なん》でも差上げます」
文「己は賊ではない、汝《てまえ》は奉公人か、当家の家来か」
男「へえ先月奉公に這入った何も心得ませんもので」
文「蟠龍軒は何処に隠れて居《お》るかそれを教えろ、蟠龍軒は何処に隠れて居るかそれを言え」
男「何処だか存じませんが、今朝程|築地《つきじ》のお屋敷へ往って浮田金太夫《うきたきんだゆう》様の処へ、竹次郎というお弟子と今一人を連れて参りました」
文「嘘を云え、何処に隠れているか云え」
男「嘘ではございません、主人の煙草盆に手紙が挿してあります、浮田金太夫様からのお手紙が参って居ります」
文「じゃア全く居《お》らぬか……残念な事を致したな、大伴兄弟が居《お》ると思ったに蟠龍軒だけ築地の屋敷へ参ったか……あゝ残念な事をした」
と云いながらプツーリと癇癪紛れに下男の首を討落《うちおと》しました。奉公人はいゝ面の皮で、悪い所へ奉公をすると此様《こん》な目に遇います。文治郎は刀をさげ、隠れて居《お》るかと戸棚《とだな》を開けたり、押入を引開けて見たが、居りません。座敷の真中《まんなか》に投《ほう》り出してありますは結構な脇差で、只《と》見ると赤銅七子に金の三羽千鳥の縁頭、はてなと取上げて見ると、鍔は金家の作、目貫は三羽千鳥、是は彼《か》のお茶の水で失ったる彦四郎貞宗ではないか、中身はと抜いて見ると紛《まご》う方なき貞宗だから、あゝ残念な事をした庄左衞門を殺害《せつがい》したのは彼等兄弟の所業《しわざ》に相違ないが、是を己が持って帰れば盗賊に陥り、言訳が付かぬ、却《かえ》って刀は此所《こゝ》に置く方が調べの手懸りにもなろうと思い、此の事を早くお町にも話したいと血《のり》を拭《ぬぐ》って鞘に納め、塀を乗越えて立帰りましたが、これから災難で此の罪が友之助に係りまして、忽《たちま》ちにお役所へ引かれますのを見て、文治郎|自《みず》から名告《なの》って出て、徒罪《とざい》を仰付《おおせつ》けられ、遂に小笠原島へ漂着致し、七ヶ年の間、無人島《むにんとう》に居りまして、後《のち》帰国の上、お町を連れて大伴蟠龍軒を討ち、舅《しゅうと》の無念を晴すと云う、文治郎漂流奇談のお話も楽《らく》でございます。
(拠若林※[#「※」は「おうへん+甘」、256−12]藏、酒井昇造速記)
底本:「圓朝全集 巻の四」近代文芸・資料複刻叢書、世界文庫
1963(昭和38)年9月10日発行
底本の親本:「圓朝全集 巻の四」春陽堂
1927(昭和2)年6月28日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号はそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」は、それぞれ「其の」と「此の
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