旦那様を神とも仏とも思って居ります、旦那の処と御縁組になりました此方へは未だ一度もまいりません、此の後《のち》とも幾久しく願います」
 藤「成程、予《かね》て文治郎殿から聞きました、性善なるもので必ず心から悪人という者はない、却《かえ》って大悪なる者が、改心致す処が早いと云って居りました、能くお尋ね下すって……かやや、お茶を上げな」
 國「貴方から文治郎さまのお母《っか》さまへお話を願いたいので出ました、旦那の方では何《なん》とも思わないでも、私《わっち》の方では主人のように思って居りまして、良い御新造《ごしんぞ》をと心掛けて居りましたがありません、処がこれならばお母《っか》さんの御意《ぎょい》にも入《い》り、恥《はず》かしくない者があるんでございますが、私《わっち》がお母さんに話悪《はなしにく》いから其の当人を御覧になっては如何《いかゞ》でございます」
 藤「成程、それは御親切な、千万|辱《かたじ》けない、私《わし》も心掛けて居《お》るが、大概《たいがい》の婦人が来ても気に入らぬ、能く心掛けてくれました、どういう女で」
 國「私《わっち》の一つ長家にいる娘で、先達《せんだっ》て親が死んで、親類もなく、何処《どこ》へ往っても置いてくれまい、旦那には御鴻恩《ごこうおん》になってお慈悲深いから、旦那の処へ御膳炊きに来たいと云います、処が惜しいのです、本所中一番という娘です、処で親孝行娘というものですが如何でございます」
 藤「成程、そんなら文治郎殿から聞いた、孝心の娘があって雪中《せっちゅう》に凍えて居《い》るのを救って、金をやったが受けぬ、今の世の中には珍らしいと云って賞《ほ》めた娘だろう、それは幸いだ」
 國「親里《おやざと》を拵えれば大家《おおや》でも頼むのでございますが、旦那が親になって上げてはいかゞです」
 藤「宜《よ》うございます、叔母に話をしましょう」
 と、これから文治郎の母に話すと、かねて文治郎から聞いているから、何しろ一《ひ》と目見たいと云いますから、そんならばと云うので娘に話し、損料を借りて来る、湯に往って化粧《おしまい》をする、漸く出来上った。
 浪「ちょいと/\お嬢さんの支度が出来たのを御覧よ、こんな美くしいお嬢さんを竈《へッつい》の前に燻《くす》ぶらして置いたと思うと勿体ない」
 國「どう/\、これはどうも、こんな美くしい嬢さんを、どうもお屋敷様だア、紋付が能く似合う、頭の簪《かんざし》は山田屋か、損料は高《たけ》えが良《い》い物を持っているなア、これじゃアお母様《ふくろさま》の気に入らア、これから直《すぐ》に行《ゆ》きましょう」
 浪「あゝ貴嬢《あなた》そんな卑下したことを云わないで、嫁にすると云ったら嫁におなんなさいよ」
 國「手前《てめえ》一緒に行《い》きない」
 浪「わたしは衣服《きもの》も何もないもの、嫌《いや》だよ」
 國「手前《てめえ》はめかすには及ばねえ、行《い》け/\」
 これから連れて参りますと、森松は路地の処に待って居ります。
 森「兄《あに》い々々どうした、お嬢様はどうした」
 國「お嬢さまは此《こゝ》へ連れて来た」
 森「これか、こりゃアお母様《ふくろさま》に気に入らア」
 國「気に入るだろう」
 森「気に入らなければ殴る……旦那、藤原さんえ、来ましたよ」
 藤「何が」
 森「どうもその頭が」
 藤「頭が腫《は》れたか」
 森「腫れたのではありません嫁ッ御《ご》が来ましたよ」
 藤「これは/\」
 國「漸く支度が出来ました」
 藤「叔母も先程から楽《たのし》みにして待って居ります、さア此方《こっち》へ」
 浪「お初うにお目に懸りました、どうか國藏同様御贔屓を願います」
 藤「成程、これがお嫁さんで」
 國「なアに、これは私《わっち》の嚊《かゝあ》です、引込《ひっこ》んでいな」
 藤「このお嬢様、さア/\これへ/\」
 しとやかに手を突いて、
 町「お初うにお目に懸りました」
 と漸《やっ》と手を突いて挨拶をする物の云いよう裾捌《すそさば》き、この娘を飯炊きにと云っても自《おのず》から頭が下《さが》る。
 藤「ハ……お初にお目に懸りました、不思議の御縁で、どうか此の事が届けば手前に於《おい》ても満足致す、今文治の母が参られます、此の後《ご》とも御別懇に……國藏、これだけの御器量があって御膳炊きにしてくれと身を卑下した処に感服しますねえ」
 國「実にこんなお嬢さまはない、親孝行で、お父《とっ》さんのお達者の時分には八《や》ツ九ツまで肩を擦《さす》ったり足を揉んだりして、実に感心致します」
 藤「おかやや叔母に早く来るように話しな」
 か「叔母さんがお出《いで》になりました」
 文治郎の母が参りまして娘に会いますと、
 町「不束《ふつゝか》のもので何処《どこ》へ参っても御意に入《い》
前へ 次へ
全81ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング