ました、斯《こ》うやって同じ長屋にいれば、節句銭《せっくせん》でも何《なん》でも同じにして居ります、お前さんの所が浪人様でも、引越《ひっこ》して来た時は蕎麦《そば》は七つは配りゃアしない、矢張《やっぱ》り二つしか配りはしないじゃないか、お母さんは仕損いも何もなさりはしないのに、旦那が知らないと思って、種々《いろ/\》な事を云って旦那を困らして、お前さんはお顔に似合わない方です」
 あ「顔に似合うが似合うまいが大きにお世話だ、さっさと持ってお帰り」
 と云いながら、握飯《むすび》をポカーリッと投《ほう》り付けました。
 彦「何をするんです、勿体《もってえ》ねえや、ムニャ/\/\持って来たってなんでえ」
 あ「お母様《っかさま》、あなたは納豆売風情に握飯を貰って食《あが》りとうございますか、それ程食りたければ皿ごと食れ」
 と云いながら入物《いれもの》ごと投《ほう》り付けましたが、此の皿は度々《たび/\》焼継屋《やきつぎや》の御厄介になったのですから、お母《ふくろ》の禿頭《はげあたま》に打付《ぶッつか》って毀《こわ》れて血がだら/\出ます。口惜《くやし》くって堪《たま》らないからおあさの足へかじり付きますと、ポーンと蹴《け》られたから仰向《あおむけ》に顛倒《ひっくりかえ》ると、頬片《ほっぺた》を二つ三《み》つ打《ぶ》ちました。
 彦「あゝ驚いた、こんな奴を見たことはない、鬼だ/\」
 と云いながら彦六は迯《にげ》帰って此の事を長屋中へ話して歩きまして、長屋中で騒いでいるのが文治の耳へ入ると、聞捨てになりませんから、日の暮々《くれ/″\》に藤原の所へ来て、
 文「はい御免なさい」
 と云われおあさは惚れている人が来たから、母を折檻した事を取隠《とりかく》そうと思って、急に優しくなって、
 あ「お母《っか》さん浪島の旦那様が入っしゃいましたよ、能く入っしゃいました、能くどうも、さア此方《こちら》へ」
 と云うおあさの方を見返りも致さんで、老母の枕許《まくらもと》へ来て、
 文「御老母様、手前は浪島文治でございます、あなたは鬼のような女に苛《ひど》い目に遇《あ》って、嘸《さぞ》御残念でございましょう、只今私が敵《かたき》を討って上げます」
 と云っておあさの方を向き、
 文「姦婦《かんぷ》これへ出ろ」
 と云う文治の権幕《けんまく》を見ると、平常《へいぜい》極《ごく》柔和の顔が、怒《いかり》満面にあらわれて身の毛のよだつ程怖い顔になりました。
 文「姦婦助けは置かん」
 と云いながらツカ/\と立って表の戸を締めたから、
 あ「アレー」
 と云って逃げようとするおあさの髻《たぶさ》を取って、二畳の座敷へ引摺《ひきず》り込み、隔《へだて》の襖《ふすま》を閉《た》てましたが、これから如何《いかゞ》なりましょうか、次回《つぎ》に述べます。

  九

 文治は突然《いきなり》おあさの髻《たぶさ》を取って二畳の座敷へ引摺り込み、此の口で不孝を哮《ほざ》いたか、と云いながら口を引裂《ひっさ》き肋骨《あばらぼね》を打折《ぶちお》り酷《ひど》い事をしました。暫《しばら》くすると障子を開け、顔色を変えて出て参り、老母の前に手をついて、
 文「お母《っか》さま、あなたの禍《わざわい》は文治郎が只今断ちました、喜代之助殿お帰りがあったら、文治郎が参って御家内を手込みに殺しましたと左様お仰《っし》ゃって下さい、嘸《さぞ》貴方《あなた》は御残念でございましたろう、早く御全快になって些《ち》とお遊びに入っしゃい、左様なら」
 と云って帰ったから、母親は驚いている処へ藤原喜代之助が帰って参り、右の次第を聞き、怒《おこ》ったの怒らないのと云うのではありません。予《かね》て文治と云う奴は、腕を突張《つッぱっ》て喧嘩の中や白刃《はくじん》の中へ飛込むと云う事は聞いて居《お》ったが、仮令《たとえ》何《ど》のような儀があっても人の女房を手ごめに殺すとは捨置きにならん、拙者も元は右京の家来、二百六十石を取った藤原喜代之助、此の儘捨置きにはならん、と云って大小を取出し、黒ペラの怪しい羽織を着、顔色変えて文治郎方の玄関へ係り、
 喜「頼む/\」
 森「お出でなせい、何《なん》でげす」
 と藤原の顔を見ると様子が違っているから、少し薄気味が悪くなり、後《あと》に下って、
 森「あの/\生憎《あいにく》旦那はお留守でござえやすが、何《なん》の御用ですか」
 喜「御不在とあらば止《や》むを得ん、御老母様にお目に懸りたい、藤原喜代之助でござる、御免を蒙《こうむ》る」
 と云いながら提《ひっさ》げ刀《がたな》でズーッと通りましたから、森松は文《ふみ》の取次をした事が露顕したか、立花屋で御馳走になって二分貰った事が顕《あら》われやしないかと思って気を揉《も》んでいると、喜代之助は老母の前へピタ
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