態々《わざ/\》持って来てくれなくもいゝのに」
村「おいしくなくっても私《わたくし》が手拵《てごしら》えにして持って参りますが、其の代りには甘ったるい物が出来たり塩っ辛い物が出来たりしますが、旦那に上げたい一心で持って参りますのですから召上って下さいまし」
文「お前の手拵えとは辱《かたじけ》ない、日々《にち/\》の事で誠に気の毒だ、今日は丁度森松を使《つかい》にやったから、今自分で膳立《ぜんだて》をして酒をつけようと思っていた処で、丁度いゝから膳を拵えて燗《かん》をつけておくれ、手前と一杯やろう」
と云うので、お村は立って戸棚から徳利《とくり》を出して、利休形の鉄瓶《てつびん》へ入れて燗をつけ、膳立をして文治が一杯飲んではお村に献《さ》し、お村が一杯飲んで又文治に酬《さ》し、さしつ押えつ遣取《やりとり》をする内、互いにほんのり桜色になりました。色の白い者がほんのりするのは誠にいゝ色で、色の黒い人が赤くなると栗皮茶のようになります。
文「お村や、手前は柳橋でも評判の芸者であったが、私《わし》は無意気《ぶいき》もので芸者を買ったことはないが、手前に恩にかける訳ではないが、牛屋の雁木で心中する処を助けて、海老屋へ連れて来て顔を見たのが初めてゞ、あゝ美しい芸者だと思った其の時の姿は今に忘れねえが、彼《あ》の時の乱れた姿は好《よ》かったなア」
村「おや様子のいゝ事を仰しゃること、家《うち》にいると私のような無意気者はないと姉さんに云われましたのを、美くしいなどと仰っては間がわるくって気がつまりますよ」
文「いや真に美くしい女だ、手前が毎日路地を入って来ると、文治郎の家《うち》には母が留守だから隠し女でも引入れるのではないかと、長屋で噂をするものがあるから、それで手前に来てくれるなと云うのだ、友之助も母の留守へ度々来るのは快くあるまいから、もう今日|切《ぎ》り来てくれるなよ」
村「あら、参りませんと叱られますから来ない訳には参りません、旦那様は大恩人ですから斯う云う時に御恩返しをして上げろと申し、私《わたくし》も来たいから甘《おいし》くなくっても何か拵えてお邪魔に上ります」
文「手前が来てくれゝば己は有難いが、心中する程思い込んだ同士が夫婦になり、女房が無闇に一人で出歩けば亭主の心持は余りよくあるまい、己は独り者でいる所へ手前が毎日来て、ひょっと悋気《りんき》でも起しはしないかと思って、それが心配だ」
村「彼様《あん》なことを仰《おっし》ゃる、悋気などはございません、何時《いつ》でも往って来い、彼様《あゝ》やって心中する処を旦那のお蔭で助かったのだから、浪島の旦那がお前を妾《てかけ》に遣《よこ》せと仰ゃれば直ぐに上げると云って居ります」
と一寸《ちょっと》云う口も商売柄だけに愛敬に色気を含んで居ります。まさか友之助がお村を妾《めかけ》にやるとも申しますまいが、自然と云いように色気があるので、何《ど》んなものでも酒を飲むと少しは気が狂って来るものと見え、文治もお村を美《い》い女だと思った心が失せないか、
文「手前と斯うやって酒を飲むのが一番いゝ心持だが、若《も》し己が冗談を云いかけた時は手前は何《ど》うする」
村「おや旦那旨いことばかり仰《おっし》ゃって私などに冗談を仰ゃる気遣《きづか》いはありませんが、本当に旦那様の仰ゃることなら私は死んでも宜しい、有難いことだと思って居ります」
文「それだから手前は世辞を云ってはいかんと云うことよ」
村「お世辞でも何《なん》でもありません、有難いことゝ思っても仕方がないが、旦那様のような凛々《りゝ》しくって優しいお方はありませんよ」
文「それそう云うことを云うから男が迷うのだ、罪作りな女だのう」
と常にない文治郎は微酔《ほろよい》機嫌《きげん》で、お村の膝へ手をつきますから、お村は胸がどき/\して、平常《ふだん》からお村は文治郎に惚れて居りましたが、何時《いつ》でも文治はきりりっとしているから云い寄る術《すべ》もなくっていたのが、常に変って色めきました文治郎の様子に、
村「旦那、本当に左様《そう》なら私は死んでも宜《よ》うございますよ」
と云いながら窃《そ》っと文治郎の手を下へ置いて立上り、外を覘《のぞ》いて見てぴったり入《いり》□□□□□□□、□□□□□□□□、□□□□□□閉《た》て、薄暗くなった時、文治の側へぴったり坐って、
村「旦那、貴方は本当に私の様なものをそう云って下されば、私は友之助に棄てられても本望《ほんもう》でございますが、其の時は貴方私のような者でも置いて下さいますか」
と文治郎の□□□□□□□□□□□が、こんな美しい女に手を取られて凭《もた》れ掛《かゝ》られては何《ど》んな者でもでれすけになりますが、文治郎はにやりと笑い、お村の手を払って立上り
前へ
次へ
全81ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング