死のうというのですから寝ても寝られません。種々《いろ/\》に思返《おもいかえ》して見たが、死神に取付かれたと見えまして、思い止ることが出来ません。其の内に夜《よ》も段々更けて世間が寂《しん》として来ましたから、時刻はよしと二人はそっと出まして、牛屋の雁木へ参りますと、暮の事でございますから吾妻橋の橋の上には提灯《ちょうちん》がチラリ/\見えます。
 村「友さん」
 友「えゝ」
 村「まだ吾妻橋を提灯が通るよ」
 友「余程《よっぽど》更けた積りだが、そうでもなかったか」
 村「これから二人で行《ゆ》くのだが、私も今日昼過から家《うち》を出たから屹度《きっと》お母《っかあ》が捜しているに違いない、若《も》し人目に懸って引戻されるともう逢う事は出来ないから、迂濶《うっかり》とは行かれないから、此の牛屋の雁木からでいゝから飛込んでおくれな」
 友「此処《こゝ》はねえ浪除杭《なみよけぐい》が打ってあって、杭の内は浅いから外へ飛込まなければならんが飛べるかえ」
 村「飛べますよ、一生懸命に飛込みますから」
 友「浪除杭の外は極《ごく》深い所だ」
 村「じゃア、さア此処から飛込みましょう、お前さん一生懸命に私の腰をトーンと突いて下さいよ」
 友「さア」
 村「さア是で別れ/\にならないように帯の所へ縛り付けて下さい」
 と緋《ひ》の絹縮《きぬちゞみ》の扱帯《しごき》を渡すから帯に巻付けまして、互に顔と顔を見合せると胸が一杯になり、
 友「あゝ去年の二月参会の崩れから始めて逢ってお前と斯《こ》う云う訳になろうとは思わなかったなア」
 村「私のようなものと死ぬのは外聞がわるかろうけれども、友さん定《さだま》る約束と諦めて、どうぞ死んで彼世《あのよ》とかへ行っても、どうぞ見捨てないで女房《にょうぼ》と思っておくんなさいよ」
 友「あいよ/\主人の金を遣《つか》い果たして死ぬのは、十一の時から育てられた旦那様に済まねえけれど、どうか御勘弁なすって下さい、己もお前も親はなし、親族《みより》も少い体で斯うなるのは全く宿世《すぐせ》の約束だなア」
 村「あい、さア、友さん早く私を突飛《つきとば》しておくんなさい」
 と二人共に掌《て》を合せて南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》/\と唱えながら、友之助がトーンと力に任せてお村の腰を突飛すと、お村はもんどりを打って浪除杭の外へドボーンと飛込んだから、続
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