町「はい四五十年お帰り遊ばされぬというのは其りゃどういう訳でございますか」
文「深く問われては困る、義に依って行《ゆ》かなければならぬ処がある、辞返《ことばがえ》しをすることはなりませんよ」
町「はい」
とおど/\して見て居りますと、風呂敷包のなかから南蛮鍜《なんばんきた》えの鎖帷子《くさりかたびら》に筋金《すじがね》の入りたる鉢巻をして、藤四郎《とうしろう》吉光《よしみつ》の一刀に關《せき》の兼元《かねもと》の無銘摺《むめいす》り上げの差添《さしぞえ》を差し、合口《あいくち》を一本呑んで、まるで讐討《かたきうち》か戦争にでも出るようだから恟《びっく》りいたしまして、
町「旦那さま、どういう御立腹のことがございますか存じませんが、お母《っか》さまも取る年、あなたのお身にひょんな[#「ひょんな」に傍点]ようなことでもございますれば、お母様《っかさま》はどのくらいお嘆きなさるか知れません、どうか私《わたくし》に面じてお許し下さいまし」
文「あーれ、それだから困る、それだから辞《ことば》を返すことはならぬと申し聞けたではないか」
町「お辞は返しません」
文「そんなら宜しい」
と庭へ下りて、無地の手拭を取って面部を包み、跣足《はだし》で出て行《ゆ》きますからお町はおど/\しながら袖《たもと》に縋《すが》り、
町「申し、旦那さま、御機嫌よう」
文「うん頼むぞ」
三尺の開きを開けて出て行《ゆ》きました。跡を閉《た》てゝお町はあゝ情《なさけ》ないことだと耐《こら》え兼て覚えず声が出ます。泣声がお母《っか》さまに知れてはならぬと袂を噛《か》みしめて蚊帳の外に泣《なき》倒れます。彼《か》れ此れ明《あけ》七つ頃に庭の開きをかち/\と静かに敲《たゝ》きます。
文「お町/\」
町「はい、お帰り遊ばしたか」
と其の儘|飛石《とびいし》伝いに下りて行《ゆ》きます。其の晩は大伴を斬り損ないまして癇癖に障ってなりません。これから風呂敷を解いて衣服《きもの》を着替え、元のように風呂敷包を仕舞って寝ようと思いましたが、これまで思い付いた宿志《しゅくし》を遂げないから、目は倒《さか》さまに釣《つる》し上り、手足は顫《ふる》え、バターリッと仰向《あおむけ》さまに寝て仕舞いました。仰向に寝たが寝られませんから、又|此方《こっち》を向くと、それでも寝られませんから又|起上《おき
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