喜代之助が親里なり媒妁なり致して、ほんの内輪だけでございまして、國藏夫婦が連なり、森松も末席に坐り、目出度《めでたく》三三九度の盃も済み、藤原が「四海|浪《なみ》しずかに」と謡《うた》い、媒妁は霄《よい》の中《うち》と帰りました。母も悦び、大いに酒を過《すご》して寝ます。夏のことでございますから八畳の間へ一杯に蚊帳《かや》を釣りまして夫婦の寝る処がちゃんと極《きま》って居ります。娘お町は思掛《おもいがけ》ないことで、飯炊きの奉公に来ようと云ったのが嫁となり、世に類《たぐ》いなき文治郎のような夫を持つのは冥加《みょうが》に余ったことと嬉しいが一杯で、側へも寄ることが出来ず、行燈《あんどう》の側に蚊に食われるのも知らず小さくなって居ります。文治郎は蚊帳の中に風呂敷包を持って来ました。
文「お町/\」
町「はい」
文「此処《こゝ》へおいでなさい、其処《そこ》にいると蚊がさしていかない、なか/\蚊の多い処だから蚊を能く逐《お》うて這入んなさい、少しお前に話す事がある」
お町は嬉しゅうございますから飛立つ程に思いましたが、しとやかに扇《あお》いで、ずっと横に這入らぬと蚊が這入ります。これが行儀の悪いものはそうは行きません。ばた/\と扇いで立ってひょいと蚊帳をまくって這入りますから蚊が飛込んでいけません。蚊帳の中に這入りましても蒲団の上に乗りませんで蚊帳の側にぴったり坐って居ります。
文「此方《こっち》へ来なさい、縁あってお前は私《わし》の処に嫁に来ようというは実におもいきや、今日《こんにち》三々九度の盃をすれば生涯《しょうがい》死水《しにみず》を取合う深い縁、お前は来たばかりであるが少し申し聞けることがある、浪島の家風がある、家風は背きはしまい」
町「恐入りますことを御意遊ばす、私《わたくし》は元より嫁に参りたいと願いました訳ではございません、御膳炊きに参りましたのでございます、親一人子一人の其の父が亡くなりまして、別に頼るべき親族もございませず、何処《どこ》へか奉公に参りましょうと思いましても、不束《ふつゝか》もの逐出されても行《ゆ》き処がございません、心細う思うて居りました、旦那様へ御奉公に参ればお情深い旦那さま、見捨《みすて》ては下さるまい、御膳炊きにでもと思うて居りましたに、思い掛なくお盃を下さいまして冥加に余りましたことでございます、何ごともお辞《ことば
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