て、却ってお腹立の増すことに相成《あいなり》重々恐入ってござる、此のお詫言《わびごと》には重ねて参りますから左様御承知下され」
 とずっと後《あと》へ下《さが》って、兼元の脇差を左の手に提げたなりで玄関から下りようとすると、文治郎の柾の駒下駄が外に投《ほう》り出して、犬の糞《くそ》などが付けてあります。尚々《なお/\》癇癖に障りますが、跣足《はだし》で其処《そこ》を出《い》で、近辺で履物《はきもの》を借り、宅へ帰ったのは只今の七時頃でございます、母は心配して待って居ります。文治郎は中の口から上りますると、森松も案じて、
 森「余《あんま》り帰《けえ》りが遅いから様子を聞きに行《ゆ》こうと思って居りました、お母《っか》さんの前《めえ》は仕方がねえから、前橋《めえばし》の新兵衞さんが来て海老屋で一猪口《いっちょく》始まって居りやすと云って置きやした、蟠龍軒は驚いて直ぐに極《きま》りが付きやしたろう」
 文「心配せんでも宜しい、お母《っか》さまに鳥渡《ちょっと》お目に懸ろう」
 母「文治が帰ったようではないか」
 森「お帰《けえ》りでございます」
 母「さア此方《こっち》へお這入り」
 文「御免下さい、大きに遅なわりました、松屋新兵衞も御機嫌を伺います筈でございますが、繁多《はんた》でございまして、存じながら御無沙汰になりました、宜しく申上げてくれるようにと申し、大きに馳走になりました」
 母「大分《だいぶ》遅いから案じて居ったが、あの人は堅いからお前に助けられた恩を忘れず、江戸へ出さえすれば再度訪ねてくれます、殊に毎度手紙を贈ってくれて、あゝ云う人と遊んで居《お》ると心配はありません、直ぐにお帰りかえ」
 文「直ぐに宿屋まで帰りました」
 母「それは宜かった、お前の帰りが遅いと案じて居《お》る……文治郎お前の額《ひたえ》は」
 文「エ……」
 母「余程の疵だ、又喧嘩をしたのう」
 文「いえ喧嘩ではございません、つい曲り角でそげ竹を担《かつ》いで居《お》る者に出逢い、突掛《つきかゝ》りました、無礼な奴と申し叱りました処が、詫を致しますから捨置きました」
 母「いえ/\竹の疵ではない、お前の帰りが遅いから心配していた、つい先月お前の二の腕に刺青《ほりもの》をしてお父様《とっさま》に代って私が意見をしたのを忘れておしまいか、お前は性来《せいらい》で人と喧嘩をするが、短慮功を為
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