ゝ華魁《おいらん》であつたが惜《を》しいことをしてしまつた、それからあなたの俗名《ぞくみやう》月《つき》の戸《と》華魁《おいらん》と書いて毎日|線香《せんかう》を上《あ》げて居《を》りますが夢の様《やう》でございます。女「実《じつ》はね情死《しんぢゆう》を為《し》そこなひました、相手《あひて》は本町《ほんちやう》の薬屋《くすりや》の息子さんで、二人とも助かりまして品川溜《しながはだめ》へ預《あづ》けられて、すんでに女太夫《をんなたいふ》に出る処《ところ》をいゝあんばいに切《き》り抜《ぬ》けてこゝに来《き》てゐますが。男「左様《さやう》でございますか、今日《けふ》は旦那《だんな》は。女「商《あきな》ひに行《い》つて留守《るす》でございます。男「何《な》んの御商売《ごしやうばい》でございます。女「是《これ》と云《い》ふ職《しよく》はありませんが薬屋《くすりや》の息子でございますから、熊《くま》の膏薬《かうやく》を練《ね》ることを知つて居《を》りますから、膏薬《かうやく》を拵《こしら》へて山越《やまごえ》をしてあつち此方《こつち》を売《う》つてゐるのでございます。男「へえー芝居《しばゐ》にありさうですな、河竹《かはたけ》新《しん》七さんでも書きさうな狂言《きやうげん》だ、亀裂《ひゞ》皹《あかぎれ》を隠《かく》さう為《た》めに亭主《ていしゆ》は熊《くま》の膏薬売《かうやくう》り、イヤもう何処《どこ》で何《ど》う云《い》ふ方《かた》にお目にかゝるか知れません。いくらか遣《や》らうとしたが小出《こだ》しの財布《さいふ》にお銭《あし》がありませんから紺縮緬《こんちりめん》の胴巻《どうまき》の中から出したは三|両《りやう》、○「お内儀《かみ》さんまことに失礼《しつれい》でございますが、何《なに》かお土産《みやげ》と云《い》つた処《ところ》で斯《か》う云《い》ふ仕儀《しぎ》でございますから、御主人《ごしゆじん》がお帰《かへ》りになつたら一口《ひとくち》何《ど》うぞ上《あ》げて下さいまし。女「すみませんねこんな御心配をなすつては、あなたお酒《さけ》は上《あが》りますか。○「些《すこ》し位《ぐらゐ》はいたゞきます。女「こゝは田舎《ゐなか》でいやな香《か》がありますが玉子酒《たまござけ》にするとその香《か》を消すさうでございます、それに暖《あたゝま》つて宜《よ》うございます。燗鍋《かんなべ》を囲炉裡《ゐろり》にかけて玉子を二ツ三ツポン/\と中に入れましたが早速《さつそく》玉子酒《たまござけ》が出来《でき》ました。女「此湯呑《このゆのみ》でお上《あが》んなさいまし、お酌《しやく》をしませう。○「久《ひさ》し振《ぶ》りであなたにお目にかゝつてそのお酌《しやく》で頂《いたゞ》くのはお祖師様《そしさま》の引《ひ》き合《あは》せでございませう、イエたんとは頂《いたゞ》きません。女「さぞくたびれたでございませう、此次《このつぎ》の座敷《ざしき》はきたなくつて狭《せま》うございますが、蒲団《ふとん》の皮《かは》も取《と》り替《か》へたばかりでまだ垢《あか》もたんと附《つ》きませんから、緩《ゆつ》くりお休みなさいまし、それに以前《もと》吉原《よしはら》で一遍《いつぺん》でもあなたの所へ出たことがあるんですから、良人《うちのひと》に知れると悋気《りんき》ではありませんが、厭《いや》な顔でもされるとあなたも御迷惑《ごめいわく》でございませうから内々《ない/\》で。○「へえーいえもうやきもちを焼《や》かれる雁首《がんくび》でもありませんが、人情《にんじやう》でございますから、まるつきり見ず知らずで御厄介《ごやくかい》になります。女「お休みなさいまし。○「それでは御免《ごめん》下《くだ》さい。次《つぎ》の間《ま》に行《ゆ》く。あとに女《をんな》は亭主《ていしゆ》が帰《かへ》つて来《き》たならば飲《の》ませようと思つて買つて置いた酒をお客に飲《の》ましてしまつたのですから、買つて置かうと糸立《いとだて》を巻《ま》いて手拭《てぬぐひ》を冠《かむ》り、藁雪沓《わらかんじき》を穿《は》きまして徳利《とくり》を持《も》つて出かけました。入《い》れ替《かは》つて帰《かへ》つて来《き》たのは熊《くま》の膏薬《かうやく》の伝次郎《でんじらう》、やち草《ぐさ》で編《あ》んだ笠《かさ》を冠《かむ》り狸《たぬき》の毛皮《けがは》の袖《そで》なしを被《き》て、糧切《まぎり》は藤《ふぢ》づるで鞘《さや》が出来《でき》てゐる。これを腰にぶらさげ熊《くま》の膏薬《かうやく》の入《はい》つた箱を斜《はす》に背負《せお》ひ鉄雪沓《てつかんじき》を穿《は》いて、伝「オイおくま、オイお熊《くま》どこへ行《い》つたんだな、おくま、手水場《てうづば》か、めつぽふけえ降《ふ》りやアがる、焚火《たきび》をしたまゝ居《ゐ
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