きたいと思っているのに、君が来ないから私は行《ゆ》きそこなっているのです」
志「さて、あの飯島のお嬢も、可愛《かわい》そうに亡くなりましたよ」
新「えゝお嬢が亡くなりましたとえ」
志「あの時僕が君を連れて行ったのが過《あやま》りで、向うのお嬢がぞっこん君に惚れ込んだ様子だ、あの時何か小座敷で訳があったに違いないが、深い事でもなかろうが、もし其の事が向うの親父《おやじ》さまにでも知れた日には、志丈が手引《てびき》した憎い奴め、斬って仕舞う、坊主首《ぼうずッくび》を打《ぶ》ち落す、といわれては僕も困るから、実はあれぎり参りもせんでいたところ、不図《ふと》此の間飯島のお邸《やしき》へまいり、平左衞門様にお目にかゝると、娘は歿《みま》かり、女中のお米も引続《ひきつゞ》き亡くなったと申されましたから、段々様子を聞きますと、全く君に焦《こが》れ死《じに》をしたという事です、本当に君は罪造りですよ、男も余《あんま》り美《よ》く生れると罪だねえ、死んだものは仕方がありませんからお念仏でも唱えてお上げなさい、左様なら」
新「あれさ志丈さん、あゝ往《い》って仕舞った、お嬢が死んだなら寺ぐらいは教えてくれゝばいゝに、聞こうと思っているうちに行って仕舞った、いけないねえ、併《しか》しお嬢は全く己《おれ》に惚れ込んで己を思って死んだのか」
 と思うとカッと逆上《のぼ》せて来て、根が人がよいから猶々《なお/\》気が欝々《うつ/\》して病気が重くなり、それからはお嬢の俗名《ぞくみょう》を書いて仏壇に備え、毎日々々念仏三|昧《まい》で暮しましたが、今日しも盆の十三日なれば精霊棚《しょうりょうだな》の支度《したく》などを致してしまい、縁側へちょっと敷物を敷き、蚊遣《かやり》を薫《くゆ》らして、新三郎は白地の浴衣《ゆかた》を着、深草形《ふかくさがた》の団扇《うちわ》を片手に蚊を払いながら、冴《さ》え渡る十三日の月を眺めていますと、カラコン/\と珍らしく下駄の音をさせて生垣《いけがき》の外を通るものがあるから、不図見れば、先《さ》きへ立ったのは年頃三十位の大丸髷《おおまるまげ》の人柄のよい年増《としま》にて、其の頃|流行《はや》った縮緬細工《ちりめんざいく》の牡丹《ぼたん》芍薬《しゃくやく》などの花の附いた灯籠を提《さ》げ、其の後《あと》から十七八とも思われる娘が、髪は文金《ぶんきん》の高髷《たかまげ》に結い、着物は秋草色染《あきくさいろぞめ》の振袖《ふりそで》に、緋縮緬《ひぢりめん》の長襦袢《ながじゅばん》に繻子《しゅす》の帯をしどけなく締め、上方風《かみがたふう》の塗柄《ぬりえ》の団扇《うちわ》を持って、ぱたり/\と通る姿を、月影に透《すか》し見るに、何《ど》うも飯島の娘お露のようだから、新三郎は伸び上《あが》り、首を差し延べて向うを見ると、向うの女も立止まり、
女「まア不思議じゃアございませんか、萩原さま」
 と云われて新三郎もそれと気が付き、
新「おや、お米さん、まアどうして」
米「誠に思いがけない、貴方様《あなたさま》はお亡くなり遊ばしたという事でしたに」
新「へえ、ナニあなたの方でお亡くなり遊ばしたと承わりましたが」
米「厭《いや》ですよ、縁起の悪い事ばかり仰しゃって、誰が左様な事を申しましたえ」
新「まアおはいりなさい、其処《そこ》の折戸《おりど》のところを明けて」
 と云うから両人内へ這入《はい》れば、
新「誠に御無沙汰を致しました、先日山本志丈が来まして、あなた方御両人ともお亡くなりなすったと申しました」
米「おやまア彼奴《あいつ》が、私《わたくし》の方へ来ても貴方がお亡くなり遊ばしたといいましたが、私の考えでは、貴方様はお人がよいものだから旨く瞞《だま》したのです、お嬢様はお邸《やしき》に入らっしゃっても貴方の事|計《ばか》り思って入らっしゃるものだから、つい口に出て迂濶《うっか》りと、貴方の事を仰しゃるのが、ちら/\と御親父様《ごしんぷさま》のお耳にもはいり、又内にはお國という悪い妾がいるものですから邪魔を入れて、志丈に死んだと云わせ、互《たがい》に諦めさせようと、國の畜生がした事に違いはありませんよ、貴方がお亡くなり遊ばしたという事をお聞き遊ばして、お嬢様はおいとしいこと、剃髪《ていはつ》して尼に成ってしまうと仰しゃいますゆえ、そんな事を成すっては大変ですから、心でさえ尼に成った気で入らっしゃれば宜《よろ》しいと申上げて置きましたが、それでは志丈にそんな事をいわせ、互に諦めさせて置いて、お嬢さまに婿《むこ》を取れと御親父さまから仰しゃるのを、お嬢様は、婿は取りませんからどうかお宅《うち》には夫婦養子をしてくださいまし、そして他《ほか》へ縁付くのも否《いや》だと強情をお張り遊ばしたものですから、お宅が大層に揉めて、親御《おやご》さまがそんなら
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