忍び来るような訳だから、どうせ了簡が定まりゃアしないや」
國「私《わたくし》は殿様の側に何時《いつ》までも附いていて、殿様が長生《ながいき》をなすって、貴方《あなた》は外《ほか》へ御養子にでも入らっしゃれば、お目にかゝる事は出来ません、其の上綺麗な奥様でもお持ちなさろうものなら、國のくの字も仰しゃる気遣《きづか》いはありませんよ、それですから貴方が本当に信実《しんじつ》がおあり遊ばすならば、私の願《ねがい》を叶《かな》えて、内《うち》の殿様を殺して下さいましな」
源「情があるから出来ないよ、私《わたくし》の為《た》めには恩人の伯父さんだもの、何《ど》うしてそんな事が出来るものかね」
國「こうなる上からは、もう恩も義理もありはしませんやね」
源「それでも伯父さんは牛込|名代《なだい》の真影流の達人だから、手前如きものが二十人ぐらい掛っても敵《かな》う訳のものではないよ、其の上|私《わたくし》は剣術が極《ごく》下手《へた》だもの」
國「そりゃア貴方《あなた》はお剣術はお下手《へーた》さね」
源「そんなにオヘータと力を入れて云うには及ばない、それだから何《ど》うもいけないよ」
國「貴方は剣術はお下手《へた》だが、よく殿様と一緒に釣《つり》にいらっしゃいましょう、アノ来月四日はたしか中川へ釣にいらっしゃるお約束がありましょう、其の時殿様を船から川の中へ突落《つきおと》して殺しておしまいなさいよ」
源「成程伯父さんは水練《すいれん》を御存じないが、矢張り船頭がいるからいけないよ」
國「船頭を斬ってお仕舞い遊ばせな、なんぼ貴方が剣術がお下手でも、船頭ぐらいは斬れましょう」
源「それは斬れますとも」
國「殿様が落ちたというので、貴方は立腹して、早く探させてはいけませんよ、いろ/\理窟《りくつ》をなが/\と二時《ふたとき》ばかりも言っていてそれから船頭に探させ、死骸を船に揚《あ》げてから不届《ふとゞき》な奴だといって船頭を斬ってお仕舞いなさい、それから帰り路《みち》に船宿《ふなやど》に寄って、船頭が麁相《そそう》で殿様を川へ落し、殿様は死去されたれば、手前は言訳《いいわけ》がないから船頭は其の場で手打《てうち》に致したが、船頭ばかりでは相済まんぞ、亭主其の方も斬って仕舞うのだが、内分《ないぶん》で済ませて遣《つか》わすにより、此の事は決して口外致すなと仰しゃれば、船宿の亭主も自分の命にかゝわる事ですから口外する気遣《きづか》いはありません、それから貴方はお邸《やしき》へお帰りになって、知らん顔でいて、お兄様《あにいさま》に隣家《となり》では家督《かとく》がないから早く養子に遣《や》ってくれ/\と仰しゃれば、此方《こなた》は別に御親類もないからお頭《かしら》に話を致し、貴方を御養子のお届けを致しますまでは、殿様は御病気の届けを致して置いて、貴方の家督相続が済みましてから、殿様の死去のお届を致せば、貴方は此家《こちら》の御養子様、そうすると私《わたくし》は何時《いつ》までも貴方の側に粘《へば》り附いていて動きません、此方《こちら》の家《うち》は貴方のお家より、余程《よっぽど》大尽《だいじん》ですから、召物《めしもの》でもお腰のものでも結構なのが沢山ありますよ」
源「これは旨い趣向だ、考えたね」
國「私《わたくし》は三日三晩寝ずに考えましたよ」
源「是は至極《しごく》宜《よろ》しい、どうも宜しい」
と源次郎は慾張《よくばり》と助平《すけべい》とが合併して乗気《のりき》に成り、両人がひそ/\語り合っているを、忠義無類の孝助という草履取が、御門《ごもん》の男部屋に紙帳《しちょう》を吊って寝て見たが、何分にも熱くって寝付かれないものだから、渋団扇《しぶうちわ》を持って、
「どうも今年の様に熱い事はありゃアしない」
と云いながら、お庭をぶら/″\歩いていると、板塀《いたべい》の三|尺《じゃく》の開《ひら》きがバタリ/\と風にあおられているのを見て、
孝「締りをして置いたのに何《ど》うして開《あ》いたのだろう、おや庭下駄が並べてあるぞ、誰《だれ》が来たな、隣家《となり》の次男めがお國さんと様子が訝《おか》しいから、ことによったら密通《くッつ》いているのかも知れん」
と抜足《ぬきあし》してそっと此方《こなた》へまいり、沓脱石《くつぬぎいし》へ手を支えて座敷の様子を窺《うかゞ》うと、自分が命を捨てゝも奉公をいたそうと思っている殿様を殺すという相談に、孝助は大《おお》いに怒《いか》り、歳《とし》はまだ二十一でございますが、負けない気性だから、怒りの余り思わず知らずガッと鼻を鳴らす。
源「お國さん誰《たれ》か来たようだよ」
國「貴方《あなた》は本当に臆病《おくびょう》で入らっしゃるよ、誰《たれ》も参りは致しません」
と耳を立てゝ聞けば人の居る様子ですから、
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