った時は、手前《てめえ》がな十一の時だが、意地がわるくてお父様とお母様と己との合中《あいなか》をつゝき、何分家が揉めて困るから、己がお父《やじ》さんに勧めて他人の中を見せなければいけませんが、近い所だと駈出して帰って来ますから、いっそ江戸へ奉公に出した方が宜かろうと云って、江戸の屋敷奉公に出した所が、善事《いゝこと》は覚えねえで、密夫《いろおとこ》をこしらえてお屋敷を遁《に》げ出すのみならず、御主人様を殺し、金を盗みしというは呆れ果てゝ物が云われぬ、お母様が並の人ならば、知らぬふりをしておいでなすッたら、今夜孝助様に斬殺《きりころ》されるのも心がら、天罰で手前達《てめえたち》は当然《あたりまえ》だが、坊主が憎けりゃ袈裟までの譬《たとえ》で、此奴《こいつ》も敵《かたき》の片割《かたわれ》と己までも殺される事を仕出来《しでか》すというは、不孝不義の犬畜生め、只《たった》一人の兄妹《きょうだい》なり、殊《こと》にゃア女の事だから、此の兄の死水《しにみず》も手前《てまえ》が取るのが当前《あたりまえ》だのに、何の因果で此様《こんな》悪婦《あくとう》が出来たろう、お父様《やじさま》も正直なお方、私も是までさのみ悪い事をした覚えはないのに、此の様な悪人が出来るとは実になさけない事でございます、此の畜生め/\サッサと早く出て行《ゆ》け」
と云われて、二人とも這々《ほう/\》の体《てい》にて荷拵《にごしら》えをなし、暇乞《いとまご》いもそこ/\に越後屋方を逃出しましたが、宇都宮明神の後道《うしろみち》にかゝりますと、昼さえ暗き八幡山、況《まし》て真夜中の事でございますから、二人は気味わる/\路《みち》の中ばまで参ると、一|叢《むら》茂る杉林の蔭より出てまいる者を透《すか》して見れば、面部を包みたる二人の男《おのこ》、いきなり源次郎の前へ立塞《たちふさ》がり、
○「やい、神妙《しんびょう》にしろ、身ぐるみ脱いて置いて行《い》け、手前達《てめえたち》は大方宇都宮の女郎を連出した駈落者《かけおちもの》だろう」
×「やい金を出さないか」
と云われ源次郎は忍び姿の事なれば、大小を落し差《ざし》にして居りましたが、此の様子にハッと驚き、拇指《おやゆび》にて鯉口を切り、慄《ふる》え声を振立《ふりた》って、
源「手前達《てまえたち》は何だ、狼藉者」
と云いながら、透《すか》して九日の夜《よ》の月影に見れば、一人は田中の中間喧嘩の龜藏、見紛《みまご》う方《かた》なき面部の古疵《ふるきず》、一人は元召使いの相助なれば、源次郎は二度|恟《びっく》り、
源「これ、相助ではないか」
相「これは御次男様、誠に暫《しばら》く」
源「まア安心した、本当に恟りした」
國「私も恟りして腰が抜けた様だったが、相助どんかえ」
相「誠にヘイ面目ありません」
源「手前は未《ま》だ斯様《かよう》な悪い事をしているか」
相「実はお屋敷をお暇《いとま》に成って、藤田の時藏と田中の龜藏と私と三人|揃《そろ》って出やしたが、何処《どこ》へも行《い》く所はなし、何《ど》うしたら宜かろうかと考えながら、ぶら/\と宇都宮へ参りやして、雲助になり、何うやら斯《こ》うやらやっているうち、時藏は傷寒《しょうかん》を煩《わずら》って死んでしまい、金はなくなって来た処から、ついふら/\と出来心で泥坊をやったが病付《やみつき》となり、此の間道《かんどう》はよく宇都宮の女郎を連れて、鹿沼の方へ駈落するものが時々あるので、こゝに待伏せして、サア出せと一言《ひとこと》いえば、私は剣術を知らねえでも、怖がって直《じ》きに置いて行くような弱い奴ばっかりですから、今日もうっかり源様と知らず掛かりましたが、貴方に抜かれりゃアおッ切られてしまう処、誠になんともはや」
源「これ龜藏、手前も泥坊をするのか」
龜「へい雲助をしていやしたが、ろくな酒も飲めねえから太く短くやッつけろと、今では斯《こん》な事をしておりやす」
と云われ、源次郎は暫《しば》し小首を傾《かた》げて居りましたが、
「好《い》い所で手前達に逢うた、手前達も飯島の孝助には遺恨があろうな」
龜「えゝ、ある所じゃアありやせん、川の中へ放り込まれ、石で頭を打裂《ぶっさ》き、相助と二人ながら大曲りでは酷《ひど》い目に逢い、這々《ほう/\》の体《てい》で逃げ返った処が、此方《こっち》はお暇《いとま》、孝助はぬくぬくと奉公しているというのだ、今でも口惜しくって堪《たま》りませんが、彼奴《あいつ》はどうしました」
源「誰《たれ》も外《ほか》に聞いている者はなかろうな」
相「へい誰《たれ》がいるものですか」
源「此の國の兄の宅《たく》は杉原町の越後屋五郎三郎だから、暫《しばら》く彼処《あすこ》に匿《かく》まわれていたところ、母というのは義理ある後妻だが、不思議な事でそれが孝助の
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