なア」
平「はゝゝ、遠慮のない奴、これは大《おお》きにさようだ、武家では女は実に糞ったれだのう」
孝「うっかりと飛んでもない事を申上げ、お気に障《さわ》りましたら御勘弁をねがいます、どうぞ只今もお願い申上げまする通りお暇の節にはお剣術を願われますまいか」
平「此の程は役が替《かわ》ってから稽古場もなく、誠に多端《たゝん》ではあるが、暇《ひま》の節に随分教えてもやろう、其の方《ほう》の叔父は何商売じゃの」
孝「へい彼《あれ》は本当の叔父ではございません、親父《おやじ》の店受《たなうけ》で、ちょっと間に合わせの叔父でございます」
平「何かえ母親《おふくろ》は幾歳《いくつ》になるか」
孝「母親《おふくろ》は私《わたくし》の四歳《よッつ》の時に私を置去りに致しまして、越後の国へ往ってしまいましたそうです」
平「左様か、大分《だいぶ》不人情の女だの」
孝「いえ、それと申しまするのも親父の不身持《ふみもち》に愛想《あいそう》を尽かしての事でございます」
平「親父はまだ存生《ぞんしょう》か」
 と問われて、孝助は
「へい」
 と云いながら悄々《しお/\》として申しまするには、
「親父も亡くなりました、私《わたくし》には兄弟も親類もございませんゆえ、誰《たれ》あって育てる者もないところから、店受《たなうけ》の安兵衞《やすべえ》さんに引取られ、四歳《よッつ》の時から養育を受けまして、只今では叔父分となり、斯様《かよう》に御当家様へ御奉公に参りました、どうぞ何時《いつ》までもお目掛けられて下さいませ」
 と云いさしてハラ/\と落涙《らくるい》を致しますから、飯島平左衞門様も目をしばたゝき、
平[#「平」は底本では「孝」]「感心な奴だ、手前ぐらいな年頃には親の忌日《きにち》さえ知らずに暮らすものだに、親はと聞かれて涙を流すとは親孝行な奴じゃて、親父は此の頃亡くなったのか」
孝「へい、親父の亡くなりましたは私《わたくし》の四歳《よッつ》の時でございます」
平「それでは両親の顔も知るまいのう」
孝「へい、ちっとも存じませんが、私《わたくし》の十一歳の時に始めて店受《たなうけ》の叔父から母親《おふくろ》の事や親父の事も聞きました」
平「親父はどうして亡くなったか」
孝「へい、斬殺《きりころ》されて」
 と云いさしてわっとばかりに泣き沈む。
平「それは又|如何《いかゞ》の間違いで、とんでもない事であったのう」
孝「左様でございます、只今より十八年以前、本郷三丁目の藤村屋新兵衞と申しまする刀屋の前で斬られました」
平「それは何月|幾日《いくか》の事だの」
孝「へい、四月十一日だと申すことでございます」
平「シテ手前の親父は何《なん》と申す者だ」
孝「元は小出様の御家来にて、お馬廻《うまゝわり》の役を勤め、食禄《しょくろく》百五十石を頂戴致して居りました黒川孝藏と申しました」
 と云われて飯島平左衞門はギックリと胸にこたえ、恟《びっく》りし、指折り数うれば十八年以前|聊《いさゝか》の間違いから手に掛けたは此の孝助の実父で有ったか、己《おれ》を実父の仇《あだ》と知らず奉公に来たかと思えば何《なん》とやら心悪く思いましたが、素知らぬ顔して、
平「それは嘸《さぞ》残念に思うで有ろうな」
孝「へい親父の仇討《かたきうち》が致しとうございますが、何を申しますにも相手は立派なお侍様でございますから、どう致しても剣術を知りませんでは親の仇討は出来ませんゆえ、十一歳の時から今日《きょう》まで剣術を覚えたいと心掛けて居りましたが、漸々《よう/\》のことで御当家様にまいりまして、誠に嬉しゅうございます、是からはお剣術を教えて戴《いたゞ》き、覚えました上は、それこそ死にもの狂いに成って親の敵《かたき》を討ちますから、どうぞ剣術を教えて下さいませ」
平「孝心な者じゃ、教えてやるが手前は親の敵《かたき》を討つというが、敵の面体《めんてい》を知らんで居て、相手は立派な剣術遣《けんじゅつつかい》で、もし今|己《おれ》が手前の敵だと云ってみす/\鼻の先へ敵が出たら其の時は手前どうするか」
孝「困りますな、みす/\鼻の先へ敵《かたき》が出れば仕方がございませんから、立派な侍でも何《なん》でもかまいません、飛《とび》ついて喉笛《のどぶえ》でも喰い取ってやります」
平「気性《きしょう》な奴だ、心配いたすな、若《も》し敵《かたき》の知れた其の時は、此の飯島が助太刀《すけだち》をして敵を屹度《きっと》討たせてやるから、心丈夫に身を厭《いと》い、随分大切に奉公をしろ」
孝「殿様本当にあなた様が助太刀をして下さいますか、有難う存じます、殿様がお助太刀をして下さいますれば、敵《かたき》の十人位は出て参りましても大丈夫です、あゝ有難うございます、有難うございます」
平「己《おれ》が助太刀をしてやるのをそれ程ま
前へ 次へ
全77ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング