、表向きに致さん」
 と哮《たけ》り立って呶鳴ると、
伴「静《しずか》におしなせえ、隣はないが名主のない村じゃアないよ、お前《めえ》さんがそう哮り立って鯉口を切り、私《わっち》の鬢《びん》たを打切《うちき》る剣幕を恐れて、ハイさようならとお金を出すような人間と思うのは間違《まちげ》えだ、私なんぞは首が三ツあっても足りねえ身体だ、十一の時から狂い出して、脱《ぬ》け参《めえ》りから江戸へ流れ、悪いという悪い事は二三の水出し、遣《や》らずの最中《もなか》、野天丁半《のでんちょうはん》の鼻《はな》ッ張《ぱ》り、ヤアの賭場《どば》まで逐《お》って来たのだ、今は胼《ひゞ》皹《あかぎれ》を白足袋《しろたび》で隠し、なまぞらを遣《つか》っているものゝ、悪い事はお前より上だよ、それに又|姦夫々々《まおとこ/\》というが、あの女は飯島平左衞門様の妾で、それとお前がくッついて殿様を殺し、大小や有金《ありがね》を引攫《ひっさら》い高飛《たかとび》をしたのだから、云わばお前も盗みもの、それにお國も己なんぞに惚れたはれたのじゃなく、お前が可愛いばッかりで、病気の薬代《やくだい》にでもする積りで此方《こっち》に持ち掛けたのを幸いに、己もそうとは知りながら、ツイ男のいじきたな、手を出したのは此方の過《あやま》りだから、何も云わずに千疋を出し、別段|餞別《はなむけ》にしようと思い、これ此の通り廿五両をやろうと思っている処、一本よこせと云われちゃア、どうせ細《ほそ》った首だから、素首《そっくび》が飛んでも一文もやれねえ、それにお前よく聞きねえ、江戸|近《ぢか》のこんな所にまご/\していると危ねえぜ、孝助とかゞ主人の敵《かたき》だと云ってお前を狙っているから、お前の首が先へ飛ぶよ、冗談じゃアねえ」
 と云われて源次郎は途胸《とむね》を突いて大いに驚き、
源「さような御苦労人とも知らず、只の堅気《かたぎ》の旦那と心得、威《おど》して金を取ろうとしたのは誠に恐縮の至り、然《しか》らば相済みませんが、これを拝借願います」
伴「早く行《ゆ》きなせえ、危険《けんのん》だよ」
源「さようならお暇《いとま》申します」
伴「跡をしめて行ってくんな」
 志丈は戸棚より潜《もぐ》り出し、
志「旨かったなア、感服だ、実に感服、君の二三の水出し、やらずの最中《もなか》とは感服、あゝ何《ど》うもそこが悪党、あゝ悪党」
 これより伴藏は志丈と二人連れ立って江戸へ参り、根津の清水の花壇より海音如来の像を掘出す処から、悪事露顕の一|埓《らつ》はこの次までお預りに致しましょう。

        十九

 引続きまする怪談牡丹灯籠のお話は、飯島平左衞門の家来孝助は、主人の仇《あだ》なる宮野邊源次郎お國の両人が、越後の村上へ逃げ去りましたとのことゆえ、跡を追って村上へまいり、諸方を詮議致しましたが、とんと両人の行方が分りませんで、又我が母おりゑと申す者は、内藤紀伊守《ないとうきいのかみ》の家来にて、澤田右衞門《さわだうゑもん》の妹《いもと》にて、十八年以前に別れたが、今も無事でいられる事か、一目お目に懸りたい事と、段々御城中の様子を聞合《きゝあわ》せまする処、澤田右衞門夫婦は疾《とく》に相果て、今は養子の代に相成って居《お》る事ゆえ母の行方さえとんと分らず、止《や》むを得ず此処《こゝ》に十日ばかし、彼処《あすこ》に五日逗留いたし、彼方此方《あちこち》と心当りの処《ところ》を尋ね、深く踏込んで探って見ましたけれども更に分らず、空《むな》しく其の年も果て、翌年に相成って孝助は越後路から信濃路へかけ、美濃路へかゝり探しましたが一向に分らず、早《は》や主人の年囘《ねんかい》にも当る事ゆえ、一度江戸へ立帰らんと思い立ち、日数《ひかず》を経て、八月三日江戸表へ着《ちゃく》いたし、先《ま》ず谷中の三崎村なる新幡随院へ参り、主人の墓へ香花《こうげ》を手向《たむ》け水を上げ、墓原《はかはら》の前に両手を突きまして、
孝「旦那様|私《わたくし》は身|不肖《ふしょう》にして、未《ま》だ仇《あだ》たるお國源次郎に※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《めぐ》り逢わず、未だ本懐は遂げませんが、丁度旦那様の一周忌の御年囘に当りまする事ゆえ、此の度《たび》江戸表へ立帰り、御法事御供養をいたした上、早速又|敵《かたき》の行方を捜しに参りましょう、此の度は方角を違え、是非とも穿鑿《せんさく》を遂げまするの心得、何卒《なにとぞ》草葉の蔭からお守りくださって、一時《いっとき》も早く仇の行方の知れまするようにお守り下されまし」
 と生きたる主人に物云う如く恭《うや/\》しく拝《はい》を遂げましてから、新幡随院の玄関に掛りまして、
「お頼み申します/\」
取次「どウれ、はア何方《どちら》からお出《い》でだな」
孝「手前は元牛込の飯島平左
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