を疑る訳じゃアねえが、萩原の地面|内《うち》に居る者は己と手前ばかりだ、よもや手前は盗みはしめえが、人の物を奪う時は必ず其の相《そう》に顕《あら》われるものだ、伴藏|一寸《ちょっと》手前の人相を見てやるから顔を出せ」
と懐中より天眼鏡を取出され、伴藏は大きに驚き、見られては大変と思い。
伴「旦那え、冗談いっちゃアいけねえ、私《わっち》のような斯《こ》んな面《つら》は、どうせ出世の出来ねえ面だから見ねえでもいゝ」
と断る様子を白翁堂は早くも推《すい》し、ハヽアこいつ伴藏がおかしいなと思いましたが、なまなかの事を云出して取逃がしてはいかぬと思い直し、
白「おみねや、事柄の済むまでは二人でよく気を付けて居て、成《なる》たけ人に云わないようにしてくれ、己は是から幡随院へ行って話をして来る」
と藜《あかざ》の杖を曳きながら幡随院へやって来ると、良石和尚は浅葱木綿《あさぎもめん》の衣を着《ちゃく》し、寂寞《じゃくまく》として坐布団の上に坐っている所へ勇齋|入《い》り来《き》たり、
白「これは良石和尚いつも御機嫌よろしく、とかく今年は残暑の強い事でございます」
良「やア出て来たねえ、此方《こっち》へ来なさい、誠に萩原も飛んだことになって、到頭《とうとう》死んだのう」
白「えゝあなたはよく御存じで」
良「側に悪い奴が附いて居て、又萩原も免《のが》れられない悪因縁で仕方がない、定まるこッちゃ、いゝわ心配せんでもよいわ」
白「道徳高き名僧智識は百年先の事を看破《みやぶ》るとの事だが、貴僧《あなた》の御見識誠に恐れ入りました、就《つ》きまして私《わたくし》が済まない事が出来ました」
良「海音如来などを盗まれたと云うのだろうが、ありゃア土の中に隠してあるが、あれは来年の八月には屹度《きっと》出るから心配するな、よいわ」
白「私《わたくし》は陰陽《おんよう》を以《も》って世を渡り、未来の禍福を占って人の志を定むる事は、私承知して居りますけれども、こればかりは気が付きませなんだ」
良「どうでもよいわ、萩原の死骸は外《ほか》に菩提所も有るだろうが、飯島の娘お露とは深い因縁がある事|故《ゆえ》、あれの墓に並べて埋めて石塔を建てゝやれ、お前も萩原に世話になった事もあろうから施主に立ってやれ」
と云われ白翁堂は委細承知と請《うけ》をして寺をたち出《い》で、路々《みち/\》も何《ど》うして和尚があの事を早くも覚《さと》ったろうと不思議に思いながら帰って来て、
白「伴藏、貴様も萩原様には恩になっているから、野辺の送りのお供をしろ」
と跡の始末を取り片付け、萩原の死骸は谷中の新幡随院へ葬ってしまいました。伴藏は如何《いか》にもして自分の悪事を匿《かく》そうため、今の住家《すまい》を立退《たちの》かんとは思いましたけれども、慌《あわ》てた事をしたら人の疑いがかゝろう、あゝもしようか、こうもしようかとやっとの事で一策を案じ出《いだ》し、自分から近所の人に、萩原様の所へ幽霊の来るのを己が慥《たし》かに見たが、幽霊が二人でボン/\をして通り、一人は島田髷《しまだまげ》の新造《しんぞ》で、一人は年増で牡丹の花の付いた灯籠を提《さ》げていた、あれを見る者は三日を待たず死ぬから、己は怖くて彼処《あすこ》にいられないなぞと云触《いいふら》すと、聞く人々は尾に尾を付けて、萩原様の所へは幽霊が百人来るとか、根津の清水では女の泣声がするなど、さま/″\の評判が立ってちり/″\人が他《ほか》へ引起《ひっこ》してしまうから、白翁堂も薄気味悪くや思いけん、此処《こゝ》を引払《ひきはら》って、神田旅籠町《かんだはたごちょう》辺へ引越《ひっこ》しました。伴藏おみねはこれを機《しお》に、何分怖くて居《い》られぬとて、栗橋《くりはし》在は伴藏の生れ故郷の事なれば、中仙道栗橋へ引越しました。
十七
伴藏は悪事の露顕を恐れ、女房おみねと栗橋へ引越《ひっこ》し、幽霊から貰った百両あれば先《ま》ずしめたと、懇意の馬方|久藏《きゅうぞう》を頼み、此の頃は諸式が安いから二十両で立派な家《うち》を買取り、五十両を資本《もとで》に下《おろ》し荒物見世《あらものみせ》を開きまして、関口屋《せきぐちや》伴藏と呼び、初めの程は夫婦とも一生懸命働いて、安く仕込んで安く売りましたから、忽《たちま》ち世間の評判を取り、関口屋の代物《しろもの》は値が安くて品がいゝと、方々《ほう/″\》から押掛けて買いに来るほどゆえ、大いに繁昌を極《きわ》めました。凡夫盛んに神祟りなし、人盛んなる時は天に勝つ、人定まって天人に勝つとは古人の金言|宜《うべ》なるかな、素《もと》より水泡銭《あぶくぜに》の事なれば身につく道理のあるべき訳はなく、翌年の四月頃から伴藏は以前の事も打忘れ少し贅沢《ぜいたく》がしたくなり、絽《ろ》
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