なったから、お前も一つ部屋にいて、時々は腹の立つ事もあるだろうねえ」
源「いえ/\何《ど》う致しまして、あの孝助ぐらいな善《よ》く出来た人間はございません、其の上殿様思いで、殿様の事と云うと気違《きちがい》のように成って働きます、年はまだ廿一だそうですが、中々届いたものでございます、そして誠に親切な事は私《わたくし》も感心致しました、先達《さきだっ》て私の病気の時も孝助が夜《よッ》ぴて寝ないで看病をしてくれまして、朝も眠《ね》むがらずに早くから起きて殿様のお供を致し、あの位な情合《じょうあい》のある男はないと私は実に感心をしております」
國「それだからお前は孝助に誑《ばか》されているのだよ、孝助はお前の事を殿様にどんなに胡麻をするだろう」
源「ヘエー胡麻をすりますか」
國「お前は知らないのかえ、此の間孝助が殿様に云付《いいつ》けるのを聞いていたら、源助は何《ど》うも意地が悪くて奉公がしにくい、一つ部屋にいるものだから、源助が新参ものと侮《あなど》り、種々《いろ/\》に苛《いじ》め、私《わたくし》に何も教えて呉れませんで仕損《しくじ》るようにばかり致し、お茶がはいって旨《おい》しい物を戴いても、源助が一人で食べて仕舞って私にはくれません、本当に意地の悪い男だというものだから、殿様もお腹をお立ち遊ばして、源助は年甲斐もない憎い奴だ、今に暇《いとま》を出そうと思っていると仰しゃったよ」
源「へい、これは何《ど》うも、孝助は途方もない事を云ったもので、これは何うも、私《わたくし》は孝助にそんな事をいわれる覚えはございません、おいしい物を沢山に戴いた時は、孝助殿お前は若いから腹が減るだろうと云って、皆《みん》な孝助にやって食べさせる位にしているのに何《なん》たる事でしょう」
國「そればかりじゃアないよ孝助は殿様の物を掠《くす》ねるから、お前孝助と一緒にいると今に掛り合いだよ」
源「へい何か盗《と》りましたか」
國「へいたッて、お前は何も知らないから今に掛り合いになるよ、慥《たし》かに殿様の物を取った事を私は知っているよ、私は先刻《さっき》から女部屋のものまで検《あらた》めている位だから、お前はちょっと孝助の文庫をこゝへ持って来ておくれ」
源「掛り合いに成っては困ります」
國「夫《それ》は私が宜《よ》いように殿様に申上げて置いたから、そっと孝助の文庫を持って来《き》な」
といわれて、源助はもとより人が好《い》いからお國に奸策《わるだくみ》あるとは知らず、部屋へ参りて孝助の文庫を持って参ってお國の前へ差出《さしいだ》すと、お國は文庫の蓋《ふた》を明け、中を検《あらた》める振《ふり》をしてそっと彼《か》のお納戸縮緬の胴巻を袂《たもと》から取出《とりだ》して中へズッと差込んで置いて。
國「呆《あき》れたよ、殿様の大事な品がこゝに入っているんだもの、今に殿様がお帰りの上で目張《めっぱ》りこで皆《みんな》の物を検《あらた》めなければ、私のお預《あずか》りの品が失《なく》なったのだから、私が済まないよ、屹度《きっと》詮議《せんぎ》を致します」
源「へい、人は見かけによらないものでございますねえ」
國「此の文庫を見た事を黙っておいでよ」
源「へい宜《よろ》しゅうございます」
と文庫を持って立帰《たちかえ》り、元の棚へ上げて置きました。すると八ツ時、今の三時半頃殿様がお帰りになりましたから、玄関まで皆々《みな/\》お出迎いをいたし、殿様は奥へ通りお褥《しとね》の上にお坐りなされたから、いつもならば出来立てのお供《そな》えのようにお國が側から団扇《うちわ》で扇《あお》ぎ立て、ちやほやいうのだが、いつもと違って欝《ふさ》いでいる故、
飯「お國|大分《だいぶ》すまん顔をしているが、気分でも悪いのか、何《ど》うした」
國「殿様|申訳《もうしわけ》のない事が出来ました、昨晩お留守に盗賊《どろぼう》がはいり、金子が百|目《め》紛失《ふんじつ》いたしました、あのお納戸縮緬の胴巻に入れて置いたのを胴巻ぐるみ紛失いたしました、何《なん》でも昨晩の様子で見ると、台所口の障子が明いたようで、外《ほか》は締りは厳重にしてあって、誰も居りませんから、よく検《あらた》めますと、お居間の地袋の中にあるお文庫の錠前が捻切《ねじき》ってありました、それから驚いて毘沙門《びしゃもん》様に願《がん》がけをしたり、占者《うらないしゃ》に見て貰うと、これは内々《うち/\》の者が取ったに違いないと申しましたから、皆《みんな》の文庫や葛籠《つゞら》を検めようと思って居ります」
飯「そんな事をするには及ばない、内々の者に、百両の金を取る程の器量のある者は一人もいない、他《ほか》から這入《はい》った賊《ぞく》であろう」
國「それでも御門の締りは厳重に付けておりますし、只《たゞ》台所口が明いて居たので
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