、髪は島田に結って鬢《びん》の毛が顔に下《さが》り、真青《まっさお》な顔で、裾《すそ》がなくって腰から上ばかりで、骨と皮ばかりの手で萩原様の首ったまへかじりつくと、萩原様は嬉しそうな顔をしていると其の側に丸髷《まるまげ》の女がいて、此奴《こいつ》も痩《やせ》て骨と皮ばかりで、ズッと立上《たちあが》って此方《こちら》へくると、矢張《やっぱり》裾が見えないで、腰から上ばかり、恰《まる》で絵に描《か》いた幽霊の通り、それを私《わっち》が見たから怖くて歯の根も合わず、家《うち》へ逃げ帰《けえ》って今まで黙っていたんだが、何《ど》ういう訳で萩原様があんな幽霊に見込まれたんだか、さっぱり訳が分りやせん」
勇「伴藏本当か」
伴「ほんとうか嘘かと云って馬鹿/\しい、なんで嘘を云いますものか、嘘だと思うならお前さん今夜行って御覧なせえ」
勇「己《おら》アいやだ、ハテナ昔から幽霊と逢引《あいびき》するなぞという事はない事だが、尤《もっと》も支那の小説にそういう事があるけれども、そんな事はあるべきものではない、伴藏嘘ではないか」
伴「だから嘘なら行って御覧なせえ」
勇「もう夜《よ》も明けたから幽霊なら居る気遣《きづか》いはない」
伴「そんなら先生、幽霊と一緒に寝れば萩原様は死にましょう」
勇「それは必ず死ぬ、人は生きている内は陽気盛んにして正しく清く、死ねば陰気盛んにして邪《よこしま》に穢《けが》れるものだ、それゆえ幽霊と共に偕老同穴《かいろうどうけつ》の契《ちぎり》を結べば、仮令《たとえ》百歳の長寿を保つ命も其のために精血《せいけつ》を減らし、必ず死ぬるものだ」
伴「先生、人の死ぬ前には死相《しそう》が出ると聞いていますが、お前さん一寸《ちょっと》行って萩原様を見たら知れましょう」
勇「手前も萩原は恩人だろう、己《おれ》も新三郎の親萩原|新左衞門《しんざえもん》殿の代から懇意にして、親御《おやご》の死ぬ時に新三郎殿の事をも頼まれたから心配しなければならない、此の事は決して世間の人に云うなよ」
伴「えゝ/\嚊《かゝあ》にも云わない位な訳ですから、何《なん》で世間へ云いましょう」
勇「屹度《きっと》云うなよ、黙っておれ」
 其の内に夜《よ》もすっかり明け放《はな》れましたから、親切な白翁堂は藜《あかざ》の杖をついて、伴藏と一緒にポク/\出懸けて、萩原の内へまいり、
「萩原|氏《うじ》々々」
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